British Politics - A Japanese View by Tomo Kikugawa
Bog
Politics
2010-01-29
イラク独立調査委員会でのブレア前首相の証言(Tony
Blair at Iraq Inquiry)
昨年、2003年に始まったイラク戦争、そしてその後の事後処理に関する独立調査委員会(チルコット委員会)が設けられた。政軍官界などから関係者を呼んで証言を取っているが、この委員会の報告書は来年になると見られている。2010年1月29(金曜日)には、イラク戦争の英国のリーダーであったトニー・ブレア前首相が証言し、それを見るために会場に行った。
この日の証言の結果、イラク戦争参戦に関するブレア前首相の責任問題から、この戦争の経験から学ぶ今後の教訓に焦点が移ると思われる。英国のマスコミは、ブレアが謝罪、後悔、または悔恨の意を表しなかった点に重点を置いた報道をしているが、これはかなり一面的な見方である。ブレア前首相の証言に関しては、政治家の在り方についても非常に重要な要素を含んでいると思われるので、ここでは後にこの点にも触れる。
ブレア証言には非常に大きな関心が集まると見られたために、この公聴会の参加者は抽選で選ばれた。ウェストミンスターのQEIIセンターに設けられた公聴会の部屋とその横の大ホールが午前と午後の二つのセクションで抽選され、私は午前9時半から12時半までの午前の大ホールのセッションに当たった。主会場が小さいためにそこに入れる人は一握りで、ほとんどの参加者は大ホールの大きな画面に映された公聴会の質疑を見たが、雰囲気は十分に味わえた。会場の入り口近くでプロテスターたちがブレア批判のデモンストレーションをする中、多くの警察官が会場を取り巻いていた。入場する行列で待っている間に、テレビで見た、イラクでその息子が戦死した父親が来場した。入場するには、空港並みのセキュリティチェックがあり、メタル検知器を通り過ぎるとともに、カバンの中もチェックされた。その後、身元を証明する必要もあった。
入場すると、驚いたことに大ホールは半分も埋まっていなかった。テレビでも同時中継される予定だったので、大ホールで画面を見るよりも家で見るほうがよいと思った人が多かったのだろう。私は、この会場で3時間話を聞いた後、すぐに自宅に帰り、さらに2時から5時までの午後の部もテレビで見たので、都合6時間に渡り、集中的に公聴会を見たといえる。実は、この数日前からテロの警告が出ていると聞いていたので、会場への行き帰りには、念のために地下鉄とバスではなく、鉄道を使い、あとは歩いた。
ブレア前首相が席に着いたが、その印象は、首相在任中よりもかなり歳をとったということと、少し緊張しているということだった。朝7時半には会場に入ったと報道されたが、少し疲れ気味にも見えた。今日の証言に向けて徹底的な準備をしたのは間違いないだろうが、今日の証言のことを少し不安に思っているのかもしれないと思った。大ホールでは、10時10分ぐらいに参加者の1人が自分の席の上に立ち、ブレアを攻撃し始めた。他の参加者から「オー、ノー」というさざめきがおきた。しかし、係員が近づくとともに、その男が自発的に退場したので、騒ぎはすぐに収まった。
ブレアの証言は以下の通りだ。2003年3月に米軍とともにイラクへ侵攻した理由は、2001年9月11日の米国同時テロの後、セキュリティリスクに対する考え方が根本的に変わったためだ。それまでは、イラクのセキュリティリスクをできるだけ抑えるだけでよいと判断していた。米国同時テロで3千人あまりの人が殺されたが、テロリストたちが、可能ならばもっと多くの人を殺したいと考えているのは明らかであり、それが実行されるのを防ぐための手段を取る必要があると判断した。こういう中、過去に化学兵器を使って大量殺戮をしたことがあるイラクへは1990年代からアメリカと英国が何度も武力攻撃をしていたが、サダム・フセインは、国連決議に従わず、他の国からの圧力を無視していたので、大きなセキュリティリスクと判断された。
イラクに対しては、三つの選択肢があった。それはまず制裁によってその武力に関する能力を削ぐこと、武器の査察、そしてサダム・フセインをイラクのリーダーの地位から除くことの三つであった。しかし、制裁が効果を挙げておらず、武器の査察には十分な協力が得られなかった。ブレアは、アメリカを説得し、国連ルートでこれらを達成しようとしたが、2002年11月の国連安全保障理事会決議1441のあと、最後の手段をとることとなった。ブレアは、現在の世界はお互いに緊密に依存する関係になっており、一部の地域のセキュリティ不安を関係がないと無視することはできないと言う。そしてサダム・フセインが一時的に武器の査察などに協力したとしても、少し目を離せば、大量破壊兵器の開発やアルカーイダなど他のテロリストに協力する可能性が高く、その点で、危険なサダム・フセインを除く必要があったという。
ブレアは、2002年当時からアメリカのブッシュ大統領に対して、このフセインの問題をアメリカと協力して対処していくと述べていた。しかし、もし、国連経由の手段で効果があるようだと、アメリカはそれで納得していただろうという。
ブレアは、諜報機関のインテリジェンスによって大量破壊兵器がイランにあると信じていた。国連安全保障理事会でも、大量破壊兵器がイラクに存在するということが前提で、武力行使に反対したロシアやフランスも含めてそれがないという者は誰もいなかった。直ちにそれらの兵器が見つからなくてもサダム・フセイン政権の実態から見て、アルカーイダとの連携をはじめ、大量破壊兵器とテロリズムは早晩連携してくると判断していた。ブレアには、もし、そのインテリジェンスが正しければ、いったいどうするか、という問題もあったという。米国同時テロの事前にも、それに関するインテリジェンスが存在したがそれに対応して行動しなかったことが後に大きな問題となった。
これらの問題を検討し、最終的に自分がイラク侵攻を決断したと言う。決議1441は、この侵攻を国際法にかなったものとしたが、英国の法務長官の合法判断がなければ、英国がイラク侵攻に参加できなかっただろうと言う。
政治家の在り方について
ブレア証言は首尾一貫したものであった。どの国の行政でも基本的に同じであるが、政策やその成立過程並びにその実施過程の記録がある。特に英国では、書面で仕事が進められる傾向が強く、それらがすべて記録として残っていく。これには公式書類だけではなく、それを作成する際に使われたメモやミーティングの記録なども含まれる。これらの多くは非公開のものであるが、情報公開法に基いて開示されるものもある。もちろん30年ルールなどで、30年やそれ以上の一定の年限が経てば、現在非公開の情報も開示されることになるので、いずれにしても「真実」は明らかになる。今回のチコリット委員会に対しては、政府は機密の文書も含めて閲覧させている。つまり、これらの記録を手にした調査委員会のメンバーに対して証言をしたが、さらには、もう少し長い目で見ると歴史に対して証言したとも言える。これらの二段階の批判に耐えるであろう証言を行い、それが首尾一貫したものであったということは重要である。もし、記録と合わない証言をしていればそれはいずれは明らかになるだろうからである。
さらに、イラク戦争の事前準備を軽視していたのではないか、という疑いに関しては、ブレアはそれを否定した。少なくともブレアに関してはなかったと主張した。事前準備には三つの大きな柱があり、人道的なイラク国民救済、油田を守ること、それに化学・細菌兵器の使用に関する準備を重点的にしたが、侵攻後、中東問題の専門家でも見通せなかった二つの問題に気づいたという。まず、イラクの行政統治機構はトップレベルのリーダーなしでも継続して機能すると考えていたが、壊滅状態となった。さらにはイランとアルカーイダのイラク干渉とそれから発生した各地での反乱が非常に大きな不安定要因となったという。特にシーア派のイランとスンニ派のアルカーイダが手を結ぶ可能性はないと専門家は判断していたが、それは誤りであった。つまり、事前に考えられうる範囲内で徹底的な準備作業を進め、それぞれの管轄部門、国防省を含めて、事前準備完了という報告を受けてブレアが軍を進めたという状況が浮き彫りになった。少なくともブレアの判断では、状況下、十分な準備をしたということだ。
イラク戦争の正当化もそうである。諜報機関からのインテリジェンスを受けて、各国のリーダーたちとも話をしながら状況を判断し、そして決断した。確かに国連の安全保障理事会でも誰もがイラクには大量破壊兵器があると信じていた。つまり、この点では、ブレアも英国の諜報機関などから誤った情報を与えられた「犠牲者」だといえるかもしれない。つまり、ブレアの立場は、自分としてはイラクに関するすべての問題について、首相としてできうる限りの努力をし、できうる限りの情報、インテリジェンスを集め、そして判断し、決断したということを主張した。これが、同じ状況に置かれれば、再び同じ決断をするだろうと発言した理由である。
しかし、政治家が問われるのは、結果責任である。いくら讃えるべき動機があり、それに基いて最善の努力を重ねても、結果が良くなければ、それはその政治家の責任となる。2003年3月以来、10万人以上のイラク人が亡くなり、また、179人の英国兵士がイラクで死んでいる。この点、ブレアは、イラク人の死者の9割はイラク人の反乱で亡くなっていると主張し、サダム・フセイン政権下より今のほうが良くなったと主張した。つまり、サダム政権下では、はるかに多くの人が亡くなったし、子供の死亡率を見れば、千人あたり142人であったのが40人台に減ったと言うのである。
英国軍の戦死者の数は、1982年のフォークランド戦争で亡くなった258人よりも少ない。また、ブレアもその証言の中で触れたように、イラクは過去に化学・細菌兵器を使ったことがあり、これらを所有していることは間違いなく、それらが連合国相手に使われるのは確実だと考えられていた。つまり、イラクがかなりの応戦をし、その結果、戦闘や大量破壊兵器の使用によって、かなりの死者が出るだろうと見られていたのである。つまり、これらの事態を予測していたが、それでもイラク侵攻は必要だとブレアは判断したのである。結局は、イラク軍の応戦は極めて限定的であり、戦闘は予想外に短期間で終わってしまった。また、大量破壊兵器は使われなかったし、見つからなかった。
ブレアは、2007年に首相を退陣した後に英国国教会からカソリックに転宗したが、非常に敬虔なキリスト教徒として知られている。海外出張中でも日曜日には教会に行く時間を見つける人物だ。そういう人物がイラク侵攻前に、多くの英国人戦死者が出るのは間違いないと見られている中で、自分が正しいかどうかの疑問を繰り返して自分に問うたことは間違いないだろう。ブレアの心の準備もその時に整えていたように思われる。結局、ブレアは、自分の死後、自分のしたことを「神が判断する」と自分で納得したのではないか。その立場は現在もいささかも異なっていないのだろう。これらの判断からブレアは謝罪をしなかったのではないかと思われる。午前の部が終わった後、会場を出る際に午前の部の参加者の一人がテレビ局にインタヴューされているのを見たが、その男性が誰にでも聞こえるような大きな声で「何も(ブレアが)謝罪するようなことはない」と言った。こういう意見に同調する人も少なからずいるだろう。しかし、結果的に英国軍を送る決断をしたブレアのインテリジェンスに対する判断は誤っており、多くの事前準備は的外れであった。状況に対応するスピードが遅れを取り、多くの人が亡くなった。しかも英国はイラク戦争に少なくとも54億ポンド(8000億円)は費やしており、恐らく日本円にして1兆円規模のコストがかかっている。自分は置かれた状況の中で精一杯の努力をしたと主張できるのは、政治家としてはあるべき姿であろうが、それでもブレアには、その決断の結果起きた問題に対して政治的、道義的責任があると思われる。それは、国家公務員の場合でも同じで、いくら尊い目的があっても、その施策がうまく行かなければそれはその公務員の責任である。そしてとどのつまりは、そのボス、つまりブレアの責任となるからだ。
Politics
2010-01-21
英国の給与レベル(Average
earnings in Britain)
2009年11月12日に、統計局の発表した、2009年4月時点での英国のフルタイム勤労者の平均「週給」は以下の通りである。なお、これには、残業も含む。ただし、ここでいう平均は、該当項目の50%の人が属する中央値(メディアン)である。£1は約¥150。
英国平均: £489 (男性£531、女性£426)なお、トップの10%の人の平均は£971で最下層の10%の人の平均は£271
男性平均給与が最大の年齢は40から49歳で£551
女性平均給与が最大の年齢は30から39歳で£498
地域別に見るとロンドンが最も高く£627で、最も低いのはイングランド北西部で£436
職業別に見ると最も平均給与が高いのはヘルス関係の専門職(医師等)で£1031、次が企業の管理職で£745、三番目が科学技術系の専門職で£698である。なお、最も低いのは販売関係の£278である
公共セクターと民間セクターの給与の平均は、公共セクターが£539であるのに対し、民間は£465となっている。
Politics
2010-01-05
選挙関連費用の上限(Limits
on Election Related Expenditure)
英国の総選挙が今年の上半期に行われる。この中で、「選挙が始まる前」にそれぞれの立候補予定者が使える費用の上限が今月から導入された。これは、2009年政党と選挙法に基いたものである。なお、この上限は、「選挙期間中」の費用上限に追加されるものである。選挙期間中の上限は、候補者一人当たり、基本額7150ポンド(107万円:£1=150円、以下同様)に選挙区の広い郡選挙区では選挙登録者一人当たり7ペンス(10円)、選挙区の狭い市選挙区では5ペンス(7.5円)づつを上積みした額で平均すると1万ポンド(150万円)ほどだ。新しい選挙前の上限の概要は以下の通りである。
英国の下院は最大限5年の任期があり、これは60ヶ月である。この新しい制度は、56ヶ月目からスタートし、選挙が始まるまで徐々にその上限が増えていく。これは、下院の解散がいつ行われるか不明であるためである。総選挙が任期満了の60ヶ月目に行われた場合、その選挙前費用の上限は、基本額2万5千ポンド(375万円)に郡選挙区では選挙登録者一人当たり7ペンス、市選挙区では5ペンス上積みしたものである。56ヶ月目からの上限は以下のようになる。
56ヶ月 60%
57ヶ月 70%
58ヶ月 80%
59ヶ月 90%
60ヶ月 100%
実は、この制度を適用すると56ヶ月目のスタートは2009年12月11日だったが、事務の手続き上、2010年1月1日からスタートした。
なお、主要政党の選挙費用の上限は、一選挙区当たり3万ポンド(450万円)で、全国で632選挙区あることから1800万9600ポンド(28億4400万円)である。この費用は、選挙当日までの365日間のものである。
Politics
2009/11/22
当然過ぎるEUの新人事(Predictable
Appointments for New EU Jobs)
EUに新しく設けられた常任の欧州理事会議長と外交・安全保障政策上級代表の人事が11月19日に発表された。これは、12月1日に発効するリスボン条約に基いて設けられるものである。これらの人事は、5億人の人口を擁する27加盟国の思惑も加わり、様々な駆け引きが繰り広げられたが、結果的に落ち着くところに落ち着いた形だ。
当初、欧州理事会議長には、前英国首相のトニー・ブレアが最有力だという見通しがあった。ブレアは、英国の首相として10年以上国際舞台で活躍し、今でも、国連・EU・アメリカ・ロシアの中東特使の役割を果たしている。世界のトップ・リーダーといつでも直接話しのできる人物であり、もし、EUの欧州理事会議長となっていれば、アメリカのオバマ大統領と並ぶ世界の政治の場でのスターとなっていただろう。かつては、ブッシュ前アメリカ大統領に何でもイエスと言う「プードル」のような人物だという見方をする人もいたが、それは実際のブレアとは異なる。むしろ、100万人以上がロンドンで英国のイラン参戦に反対する行進をするような状況の中で、ブッシュ大統領から英国は参戦しなくてもよいと言われたのにも拘わらず、英国の参戦に踏み切った人物である。2012年オリンピックの開催で有利と見られていたパリを土壇場で出し抜いたのは、ブレアのIOC委員の説得工作であったことは知られている。つまり、こういうブレアが欧州理事会議長になると、アメリカや中国のリーダーたちと直接話をつけ、ドイツやフランスの影が薄くなることを恐れたEU内の有力国がブレアの任命に反対したようだ。それが国際的には無名のベルギーの首相へルマン・ファン・ロンパウに落ち着いた大きな理由である。フォン・ロンパウは、EUの主要言語であるフランス語、英語、それにドイツ語を話す。つまり、EU内の有力国のリーダーが話しをしたい時には、直接話ができるのだ。なお、フォン・ロンパウは、オランダ語で俳句を作るので有名だ。
議長の職と較べると、EU外交担当の職は、結局のところ誰でも良かったといえる。ブレアを議長にできなかった英国が事実上、この外交担当職を指名できる状況となったが、英国のブラウン首相は、英国から出ている貿易担当の欧州委員のアシュトン女男爵を指名した。これにはバローゾ欧州委員会委員長の意向があったと言われる。二つの職のうち一つに女性を充てることが、その大きな狙いであったのだろうが、アシュトンの能力も見過ごすことはできない。アシュトンは、労働党政府で閣僚などとして8年働いた後、マンデルソンが英国政府に欧州委員から復帰した後釜として、13ヶ月前に欧州委員となった。このことからバローゾがアシュトンの能力を十分見極めてのことであるのは間違いない。英国のマスコミは、この人事を外交の経験のない人物をこのような要職につけるのはおかしいとはやし立てている。しかし、アシュトンは、自分のやり方を持つ有能な人物であると思われる。2007年に閣僚職である、上院の院内総務の職に就いた時には、それまでの院内総務に仕えた、過去の経緯をよく知る公務員を入れ替えたと言われる。また、上院院内幹事長の部屋と隣り合わせの部屋にいたが、二つの部屋の間のドアに鍵をかけ、院内幹事長が会うためには面会予約を取らねばならなくしたという。いずれも、アシュトンが自分の方針をはっきりと持っていることを示している。一方、アシュトンと直接話をしたことのある人によると、アシュトンはキャシーと自己紹介し、気取らない人だという。多くのマスコミはアシュトンの任命に懐疑的だが、今後の活躍が見ものである。
Politics
2009-12-21
ブラウン首相の去就は世論調査次第(Opinion
polls decide Gordon Brown’s fate)
来年上半期には総選挙が実施される。11月から今までの主要世論調査の結果では、保守党の労働党に対する優位には変化がないが、両党の支持率の差は6%から17%と大きくぶれている。11月にはブラウン首相の労働党が保守党との差をつめ、次期総選挙の結果は、どの政党も過半数を占めない不安定な結果になるのではないかとシティなどで不安感が漂った。しかし、ここに来て、再び両者の差は二桁に回復し、保守党が絶対多数を占める勢いだ。ただし、22日付けのインデペンデント紙は両党の差を9%と出す模様だが。
要は、ブラウン率いる労働党がこれから総選挙までに支持率をどの程度回復できるかだ。景気の改善が大きく進むようだと政権政党の労働党の支持がいくらか回復する可能性があるが、労働党の過去13年近くの施政に飽きがある。もし世論調査の支持率の差が来年に入っても15%程度で定着してくるようだと、労働党の大敗を意味する。その状態となれば、ブラウンが首相、労働党党首として居座る意味がなくなる。その際には、ブラウンが自発的に退陣するか、副首相格のピーター・マンデルソンがブラウンに退陣を勧告する可能性があるだろう。むしろ実際には、それらが相俟った形となる可能性が強いだろうが。そして新しい首相・労働党党首の下、次期総選挙が行われる形となると思われる。
Politics
2009-07-25
保守党の選挙戦略
(2)(Tory’s Election Strategy(2))選挙対策
7月23日にノリッジで行われた補欠選挙で、保守党候補者が次点の労働党候補者に、大差をつけて当選した。この選挙戦は、下院議員の経費悪用問題で次期総選挙への立候補を禁止された労働党議員が、直ちに議員の職を辞職したために行われたものである。この労働党議員は、地元で人気があったために、ロンドンから来た新労働党候補者への反感があると予想されていた。その上、その候補者が豚インフルエンザにかかった疑いで、選挙戦終盤には寝たきりの状態であったために、余計に不利になった。もちろん世論調査で、労働党に15%以上の大きな差をつけている保守党の勝利は間違いないと見られていたが、保守党も議員経費悪用問題に晒されたために、大勝はないと予想されていた。しかし、結果的には、保守党は、労働党の2倍以上の票を獲得するという予想を上まる大勝利を収めた。
この選挙結果の背景には、保守党の選挙マシーンの姿がある。ノリッジに乗り込んで選挙戦を指揮したのは、保守党副幹事長のアッシュクロフト卿の右腕であるスティーブン・ギルバートである。今までの補欠選挙同様、ギルバートがアッシュクロフト卿のマージナル議席部隊を引き連れて行き、徹底的な選挙戦を展開した。この部隊は、前回選挙で、わずかな票差で負けた候補者の後押しをする目的で結成された。
アッシュクロフト卿らの保守党幹部は、前回の2005年の総選挙で、次点との得票差の少ない選挙区に焦点を当て、保守党候補が議席を獲得できるよう積極的に応援し、多くの成功を収めた。これは、2000年の選挙法改正の盲点を突いたものであった。つまり、選挙期間外の出費は、選挙費用に該当しないので、選挙前に資金を投入し、積極的な活動が展開できるのである。キャメロンが党首となるや否や、アッシュクロフト卿を副幹事長に任命し、選挙担当に充てた。アッシュクロフト卿は、マージナルの保守党候補者に金銭的な補助を与える代わりに毎週の活動を報告させ、さらに自分のチームのメンバーを当該選挙区に派遣して情報を収集させるなど、徹底的な保守党底上げ作戦を展開している。2007年秋にブラウン首相が総選挙を考えたことがあったが、これらのマージナルの選挙区で保守党が非常に強いことがわかり、見送った。アッシュクロフト卿は、保守党本部建物でキャメロン党首と同じ階に部屋を与えられており、自前の世論調査をして状況を分析している。ただし、これらの情報は極秘扱いで、キャメロン党首らごく一部のトップにしか内容は明らかにされていないようだ。
アッシュクロフト卿は、一代の上院(貴族院)議員だが、大金持ちの慈善家であり、かつてから保守党の巨額資金献金者として知られていた。そのため、これらの活動を実は、ほとんど自前で行っている。上記で名前を挙げたギルバートもアッシュクロフト卿が自前で雇っていると言われる。アッシュクロフト卿は英国に住んでいるが、その本拠地が中央アメリカのベリーズであり、そのために、英国の税金を支払っているのかどうかよく労働党議員などから質問が出てきている。保守党幹部も何度もこの問題をマスコミなどから質問されているが、はっきりとした答えをしていない。ただし、このアッシュクロフト卿は、既に自分が死んだ後の遺贈を公表しており、推定財産11億ポンド(1700億円)の8割を慈善目的などに寄付することになっている。
保守党は、世論調査で労働党を大きく上回る支持を得ているが、その上に、アッシュクロフト卿が選挙活動に目を光らせ、徹底的な活動を展開しているために、次期総選挙への取り組みを優位に進めている。
Politics
2009-07-21
英国自由民主党の目指すべきもの(What
Liberal Democrats need to do)
英国の自由民主党(Liberal Democrats)は、労働党、保守党に次ぐ第三の政党である。既成大政党への大きな批判の風を受けて本来なら大きく注目されるべき政党であるが、残念ながら生彩を欠く。2005年の総選挙では、自由民主党の得票率は23%であった。もちろんこの総選挙では、イラク戦争に反対した自由民主党に有利な条件があった。しかし、今年6月初めに行われた欧州議会議員選挙の後の自由民主党の各種世論調査での支持率は16から22%である(なお、保守党は、35から42%、労働党は、20から27%である)。そのため、もし総選挙が今あれば、獲得議席数は前回総選挙を下回る可能性が強い。
労働党と保守党の政策が似通ってきている中、自由民主党が政策で独自性を出せる環境がある。しかし、その環境を自由民主党が生かしきれていない。今までの大きな足かせを持つ労働党と保守党が変わりきれない中、自由民主党がどこまで変貌できるか、どこまで今の既存体制に風穴を開ける新しい、将来性豊かな政策を出せるかに鍵がある。自由民主党は、労働党と保守党と同じレベルの政策を求めるよりも、労働党と保守党が打ち出すことが難しい政策を求めていくべきだ。そのためには、まず、労働党と保守党が何ができないかを見極めることからスタートすべきだと思われる。
Politics
2009-07-19
元保守党閣僚の社会復帰(Jonathan
Aitken fell on his own sword)
ジョナサン・エイトケンは、かつてジョン・メージャー保守党政権の閣僚だった。しかし、自分が起こした名誉毀損の裁判に負け、裁判費用などに300万ポンドといわれる借金を抱え、破産したたばかりか、法廷で嘘を言ったために懲役18ヶ月の刑を科された。7ヶ月の服役後、保釈されたが、服役中に宗教に目覚め、オックスフォード大学でキリスト神学を学んだ。この当時、スーパーマーケットの閉店間際の安売りに頼って生活したこともあるという。
エイトケンは、父も下院議員で、上流階級に属し、有名私立校イートンからオックスフォード大学に進学し、法律を学んだ。マスコミなどで活躍し、1974年に下院議員となった。将来を嘱望されたが、付き合っていた、マーガレット・サッチャーの娘キャロルを振ったためにサッチャーを怒らせ、サッチャー政権では冷遇された。しかし、次のメージャー政権では将来を期待された政治家であった。それが、自分の見栄で起こした名誉毀損裁判で、ほとんどすべてを失ってしまったのである。
エイトケンは、元アメリカ大統領リチャード・ニクソンの伝記を書いた際には、ニクソンがインタヴューを許したほど高く評価されたジャーナリストであった。今では、破産から抜け出し、数々の本を出し、自分の経験を生かして刑務所改革にも力を入れている。アフターディナーのスピーチや、企業コンサルタントをし、さらにはカザフキスタンの資源関連企業などへの投資などに関係しているようである。エイトケンの例は、1960年代に下院で嘘を言い、議員を辞職した後、慈善活動に専念した元戦争大臣のジョン・プロヒューモを彷彿とさせるものがある。
Politics
2009-07-25
保守党の選挙戦略
(2)(Tory’s Election Strategy(2))
選挙対策
7月23日にノリッジで行われた補欠選挙で、保守党候補者が次点の労働党候補者に、大差をつけて当選した。この選挙戦は、下院議員の経費悪用問題で次期総選挙への立候補を禁止された労働党議員が、直ちに議員の職を辞職したために行われたものである。この労働党議員は、地元で人気があったために、ロンドンから来た新労働党候補者への反感があると予想されていた。その上、その候補者が豚インフルエンザにかかった疑いで、選挙戦終盤には寝たきりの状態であったために、余計に不利になった。もちろん世論調査で、労働党に15%以上の大きな差をつけている保守党の勝利は間違いないと見られていたが、保守党も議員経費悪用問題に晒されたために、大勝はないと予想されていた。しかし、結果的には、保守党は、労働党の2倍以上の票を獲得するという予想を上まる大勝利を収めた。
この選挙結果の背景には、保守党の選挙マシーンの姿がある。ノリッジに乗り込んで選挙戦を指揮したのは、保守党副幹事長のアッシュクロフト卿の右腕であるスティーブン・ギルバートである。今までの補欠選挙同様、ギルバートがアッシュクロフト卿のマージナル議席部隊を引き連れて行き、徹底的な選挙戦を展開した。この部隊は、前回選挙で、わずかな票差で負けた候補者の後押しをする目的で結成された。
アッシュクロフト卿らの保守党幹部は、前回の2005年の総選挙で、次点との得票差の少ない選挙区に焦点を当て、保守党候補が議席を獲得できるよう積極的に応援し、多くの成功を収めた。これは、2000年の選挙法改正の盲点を突いたものであった。つまり、選挙期間外の出費は、選挙費用に該当しないので、選挙前に資金を投入し、積極的な活動が展開できるのである。キャメロンが党首となるや否や、アッシュクロフト卿を副幹事長に任命し、選挙担当に充てた。アッシュクロフト卿は、マージナルの保守党候補者に金銭的な補助を与える代わりに毎週の活動を報告させ、さらに自分のチームのメンバーを当該選挙区に派遣して情報を収集させるなど、徹底的な保守党底上げ作戦を展開している。2007年秋にブラウン首相が総選挙を考えたことがあったが、これらのマージナルの選挙区で保守党が非常に強いことがわかり、見送った。アッシュクロフト卿は、保守党本部建物でキャメロン党首と同じ階に部屋を与えられており、自前の世論調査をして状況を分析している。ただし、これらの情報は極秘扱いで、キャメロン党首らごく一部のトップにしか内容は明らかにされていないようだ。
アッシュクロフト卿は、一代の上院(貴族院)議員だが、大金持ちの慈善家であり、かつてから保守党の巨額資金献金者として知られていた。そのため、これらの活動を実は、ほとんど自前で行っている。上記で名前を挙げたギルバートもアッシュクロフト卿が自前で雇っていると言われる。アッシュクロフト卿は英国に住んでいるが、その本拠地が中央アメリカのベリーズであり、そのために、英国の税金を支払っているのかどうかよく労働党議員などから質問が出てきている。保守党幹部も何度もこの問題をマスコミなどから質問されているが、はっきりとした答えをしていない。ただし、このアッシュクロフト卿は、既に自分が死んだ後の遺贈を公表しており、推定財産11億ポンド(1700億円)の8割を慈善目的などに寄付することになっている。
保守党は、世論調査で労働党を大きく上回る支持を得ているが、その上に、アッシュクロフト卿が選挙活動に目を光らせ、徹底的な活動を展開しているために、次期総選挙への取り組みを優位に進めている。
Politics
2009-07-21
英国自由民主党の目指すべきもの(What
Liberal Democrats need to do)
英国の自由民主党(Liberal Democrats)は、労働党、保守党に次ぐ第三の政党である。既成大政党への大きな批判の風を受けて本来なら大きく注目されるべき政党であるが、残念ながら生彩を欠く。2005年の総選挙では、自由民主党の得票率は23%であった。もちろんこの総選挙では、イラク戦争に反対した自由民主党に有利な条件があった。しかし、今年6月初めに行われた欧州議会議員選挙の後の自由民主党の各種世論調査での支持率は16から22%である(なお、保守党は、35から42%、労働党は、20から27%である)。そのため、もし総選挙が今あれば、獲得議席数は前回総選挙を下回る可能性が強い。
労働党と保守党の政策が似通ってきている中、自由民主党が政策で独自性を出せる環境がある。しかし、その環境を自由民主党が生かしきれていない。今までの大きな足かせを持つ労働党と保守党が変わりきれない中、自由民主党がどこまで変貌できるか、どこまで今の既存体制に風穴を開ける新しい、将来性豊かな政策を出せるかに鍵がある。自由民主党は、労働党と保守党と同じレベルの政策を求めるよりも、労働党と保守党が打ち出すことが難しい政策を求めていくべきだ。そのためには、まず、労働党と保守党が何ができないかを見極めることからスタートすべきだと思われる。
Politics
2009-07-19
元保守党閣僚の社会復帰(Jonathan
Aitken fell on his own sword)
ジョナサン・エイトケンは、かつてジョン・メージャー保守党政権の閣僚だった。しかし、自分が起こした名誉毀損の裁判に負け、裁判費用などに300万ポンドといわれる借金を抱え、破産したたばかりか、法廷で嘘を言ったために懲役18ヶ月の刑を科された。7ヶ月の服役後、保釈されたが、服役中に宗教に目覚め、オックスフォード大学でキリスト神学を学んだ。この当時、スーパーマーケットの閉店間際の安売りに頼って生活したこともあるという。
エイトケンは、父も下院議員で、上流階級に属し、有名私立校イートンからオックスフォード大学に進学し、法律を学んだ。マスコミなどで活躍し、1974年に下院議員となった。将来を嘱望されたが、付き合っていた、マーガレット・サッチャーの娘キャロルを振ったためにサッチャーを怒らせ、サッチャー政権では冷遇された。しかし、次のメージャー政権では将来を期待された政治家であった。それが、自分の見栄で起こした名誉毀損裁判で、ほとんどすべてを失ってしまったのである。
エイトケンは、元アメリカ大統領リチャード・ニクソンの伝記を書いた際には、ニクソンがインタヴューを許したほど高く評価されたジャーナリストであった。今では、破産から抜け出し、数々の本を出し、自分の経験を生かして刑務所改革にも力を入れている。アフターディナーのスピーチや、企業コンサルタントをし、さらにはカザフキスタンの資源関連企業などへの投資などに関係しているようである。エイトケンの例は、1960年代に下院で嘘を言い、議員を辞職した後、慈善活動に専念した元戦争大臣のジョン・プロヒューモを彷彿とさせるものがある。
Politics
2009-06-22
下院の新議長(New
Commons Speaker)
議員の経費悪用問題の処理で責任を取らされた下院議長のマイケル・マーティンが6月21日に議長職を離れ、その後任議長が6月22日に下院で選出された。議長職には、当初10人が立候補した。それぞれが、下院の自分の座っている所で立ち上がり、スピーチをし、自分への支持を訴えた後、投票が行われた。下院には、長いすがあるだけで、個々の議員の席はない。
2000年にマーティンが選ばれた時には、全く予想外の結果で、誰もが驚いた。今回の選挙では、新しい議長選出方法が適用され、誰が誰に投票したかがわからない、いわゆる「秘密投票」で行われた。過半数を1人の候補者が獲得するまで投票が継続する。それぞれの投票で最も少ない票を獲得した候補者と5%以下の票しか獲得できなかった候補者が脱落していく形だ。
当初の予想では、労働党の前大臣のマーガレット・ベケットが労働党と保守党の支持を受けて最有力と見られていた。保守党は、次第に有力になってきた保守党「反乱分子」のジョン・バーカウが議長になるのを防ぐために労働党のベケット支持に回ったと見られていた。ところが、ベケット優勢が大きく伝えられ、それへの反発が広がった。そのため、ベケットでは国民の政治への信頼を回復し、国民に政治が変わろうとしているという印象を与えるのが難しいという見方が急に広がり、直前になり風向きが変わった。その結果、保守党のジョージ・ヤングとバーカウが対抗する形となった。ヤングは、2000年の前回も有力候補者だった。
この議長選では、保守党議員を中心にヤングを押し、労働党がバーカウを押すという形になった。その結果、議員の数で優勢な労働党の押すバーカウが、予想以上の51票の差をつけて新議長に選ばれた。秘密投票のために、誰が誰に投票したかははっきりしていないが、バーカウに投票した保守党議員の数は、3人しかいないという説や、それよりも少し多いという説もある。いずれにしても、バーカウの獲得した322票のほとんどは労働党議員票だろう。
バーカウを押すことは、労働党にとっては、戦略的に優れた作戦である。議員の経費問題は、すべての議員の問題だが、世論調査では、労働党が最も大きくその影響を受け、支持率の大きな低下を招いた一因となった。そのために、労働党出身のマーティンの後、新議長も労働党からだと、国民にとっては、労働党が代わり映えしないことをしていると見られる可能性があった。そのために、保守党から新議長が出ることは、労働党にとっても望ましいことであった。また、バーカウには、2年ほど前に、保守党から労働党へ党換えするのではないかという観測があったように、かなり労働党寄りではないかという見方があった。最終の投票結果が発表された時、労働党席から大きな歓声が上がったのに対し、保守党席は静かであった。
バーカウが、この選挙に勝った後の最初のスピーチで、通常の「名誉ある議員諸氏」という表現を使わず、いきなり「同僚諸氏」と言ったのは意外だったが、新しいスタートで、下院が変わるという印象を与えた。バーカウには、保守党側から大きな反発があり、次期総選挙の結果、保守党が過半数を占めた後、バーカウ引き降ろしに出るという見方もある。議員の経費悪用問題でマーティンが議長職を追われるというようなことがなければ、バーカウが議長になる可能性はほとんどなかった。バーカウの将来は、その事実を踏まえ、いかに党を超えた下院議員の信頼を得、また議会への国民の信頼を回復できるかで決まると言えるだろう。
News
2009-06-24
ウィンブルドンテニス選手権(Wimbledon
Tennis Championships)
テニスのウィンブルドン選手権が6月21日から開催されている。競技場のすぐ近くに住んで5年半になるが、当日券を入手するために並ぶ行列を見ながらも今まで大会会場に入ったことがなかった。しかし、今年は、近所の友人が、一緒に行ってみようと誘ってくれたので、初めて見に行くことにした。この友人は、毎年2回づつ行っている。昨年は、女子の決勝をセンターコートで見たそうだ。
朝、7時半に、友人が私の家に迎えに来てくれた。まず、家に入って、コーヒーでも飲もうと誘ったが、それよりも行列に並んだほうがいいと言うので、私も急いで家を出た。行列の場は、競技場の道を隔てた前にあるウィンブルドンパークだ。既に非常に長い列ができており、行列の最後尾に向かって、多くの人が急ぎ足で歩いている。行列の最後尾に向かって歩いていくと、分厚いブックレットのようなものを渡された。よく見ると、「行列ガイド」と書いてある。随分立派な「行列ガイド」だ。行列の最後尾に並ぶや否や、係員が私たちにカードを渡す。これは、行列カードである。今日の6月24日の日付がきちんと印刷されており、番号がついている。ほんとうに用意周到な行列整理だ。ウィンブルドンでは、行列整理にも随分お金をかけている。係員も、ポロシャツのStewardとダブルのジャケットを着たHonorary
Stewardがそれぞれ何十人もいる。百人以上いるかもしれない。行列のそばについて誘導している。私たちの後ろにも瞬く間に長い行列ができた。私たちの前に並んでいる二人の女性はオランダから来た人たちで、私たちの後ろの4人連れはドイツからだ。いずれもこのウィンブルドンのためにロンドンに来たという。
行列カードは、トイレなどで少し行列を離れた際に、自分の位置に再び戻れるように配慮されたものだ。過去に多くのトラブルがあったのだろう。このカードの裏側には、センターコートなどの入場券の値段が書いてある。もらった立派な行列ガイドによると、当日券をできるだけ用意するようにしており、そのために行列に並ぶことができる。行列は、前日から泊り込みですることができる。ただし、この行列ガイドの「行列の行動規範」(こういうものが決められているとは驚きだ)によると、夜は静かに行動し、酒を飲んで騒いだりする人からは行列カードを撤収すると書いてある。夜はテントで寝るものとされているが、朝はスチュワードに6時ごろに起こされ、通常の行列に戻る。その後、Show
Courtと呼ばれるセンターコート、第一それに第二コートの当日券の「行列番号」が渡される。この番号は、当日券の枚数だけ配られる。そして入場を待つ、という具合だ。なお、センターコートについては最後の四日間は、当日券はないそうだ。
私たちは、結局、ウィンブルドンパークで10時過ぎごろまで待った。数千人は並んでいるだろう。ウィンブルドンパークの中は、幾重にも行列ができている。午前9時には、ウィンブルドンパークのカフェテリアがオープンする。私の友人がベーコンサンドウィッチを買ってきてくれた。彼によると、他には誰もいなかったという。このカフェテリアは、ウィンブルドンパークの中のテニスコートの横にあるが、近所の人しかこのカフェテリアを知らないのだろう。出来立てのホットサンドウィッチで、紙の袋が蒸気のために今にも破れそうになっていた。ウィンブルドン開催中のプライスハイクの影響を受けていないので利用しやすい。
行列が動き始めたので立ち上がった。スチュワードが声をかけている。私たちも前の人たちに続いて歩き始めた。一端、ウィンブルドンパークから出てウィンブルドンパークロードという道路に出て、再び、ウィンブルドンパークの中のゴルフ場に入る。この中を数百メートル歩いた。会場の中には、バッグ一つしか持ち込めないので、テントなどを含め、それ以上のものがあれば、途中の荷物預かり所に預ける。その後、セキュリティチェックがあった。このセキュリティチェックは、G4Sというセキュリティ会社が請け負っており、その徹底振りは、ヒースロー空港のチェックを上回るほどのものであった。金属探知機を潜り抜けた後、ボディチェックがある。手馴れている。徹底的なチェックだ。その上で、係員が、既にX線透視を終えたバッグの中を本人立会いの上で細かくチェックするという具合だ。このセキュリティチェックには、ここまでのものがテニス選手権に必要かどうかという議論は別にして、感心してしまった。
これが終わって、やっと会場入り口にたどり着ける。入り口で、グラウンド入場券を20ポンドで購入し、入場した。Show Court以外のいずれの試合も見れる。行列で待っている間に、どのコートに行くかを二人で相談したが、ちょうど、日本の杉山愛さんが12時から18コートでスペインの選手と対戦するのでそれを見に行くことにした。試合は、12時もしくは、午後1時から開始される。私たちは、11時ごろに会場に入ったが、審判の側のよく見える席を確保できた。12時過ぎに試合が始まったが、目的とするコートには早い目に行って席を確保したほうがよいようだ。
会場内は、本当にお祭り気分で賑やかだ。天気もよい。スチュワードの1人が昨年は一日も雨が降らなかったと言っていたが、今年も天候には恵まれていいるようだ。会場内で、サンドウィッチ、そしてウィンブルドンサンディーズというアイスクリームを買って食べたが、会場内のものはすべて値段が高い。会場内には、高級レストランもあるようだが、一般の人の行く食堂や売店の食べ物の味は今ひとつだ。自分で持ってくる人も多いが、その方が賢明な気がする。
来年度のウィンブルドンにも来てみたいと思った。前売り券を入手するために、それを購入する権利を得るための抽選に申し込もうと思っている。今年の8月1日以降に、その申込書を申し込み、それが送られてきた後、年末までにそれを返送する、そしてもし当選すれば、お金を払い込むという段取りだ。なお、この抽選の申込書は、インターネット上では入手できない。ウィンブルドンの主催者に申し込む必要がある。
まだまだ試合は続いていたが、午後5時過ぎに会場を後にした。ウィンブルドンパーク内の行列は延々と続いている。午後5時を過ぎるとグラウンド入場券は14ポンドに下がる。なお、午後3時からShow
Courtの入場券の再売りが始まる。それまでに会場を出た人の券を再び売りに出すのである。私の友人の話では、これから得たお金はチャリティに献金されるという。
マンデルソン卿の能力(Another
Mandelson masterstroke)
ピーター・マンデルソン卿が、年末までに再びゴードン・ブラウン首相への反乱があると思うと発言したが、この発言の巧妙さには敬服する。この発言の中で、反乱分子は、ごく一部の下院議員だと断定し、ブラウンに反対する勢力は、そもそもブラウンが首相となったことを受け容れられない人々だと発言した。この発言で、反乱分子は、自分たちの動きをマンデルソン卿が目を離さず見守っていることを改めて確認させられた上に、それ以外の人たちも自分たちの動きにさらに注意を払う効果があったと思われる。
6月5日の労働党政権の内閣改造で、ビジネス大臣のマンデルソン卿が副首相格の地位に就いた。昨年10月に貿易担当EUコミッショナーから英国政治に復帰したマンデルソンは、ブラウン政権の下支えに大きな力を発揮している。ブラウン首相の命運は、回復の兆しの出てきた英国の景気がどこまで回復するかに拠るが、マンデルソンの役割は、ブラウンの後継者の選択にまで及ぶだろう。つまり、誰がブラウンの後継者となろうとも、その前にマンデルソンの支持を取り付ける必要があるということだ。
Politics
2009-06-10
道遠い英国議会改革(Reforms
Still Far Away)
毎週水曜日正午には、恒例の首相のクエスチョンタイムがある。6月10日の対立政党、保守党のデービッド・キャメロン党首の質問は、ブラウンの提案する英国議会改革案に関してであった。その質問に対して、ブラウンが、キャメロンが「ここ数週間で初めて政策に関する質問をした」と言った時には、思わず大笑いしてしまった。それは事実だからである。これらの質問は、党首を含めた専門的なチームが準備するが、ほとんど政治的で我田引水的なものが多い。議会改革には、この問題も含めて取り組んで欲しいものだ。
ブラウンが、首相のクエスチョンタイムの後、議会改革に関する発表をしたが、議員の行動規範を設けることとそれらを監視する第三者機関の設置など今議会で進むものは極めて限られているように思われる。上院の改革、下院の議員の選出方法の変更など課題は多いが、いずれも時間がかかり、残された時間が1年足らずの今議会内で話をまとめることは難しいだろう。
残念なことに、次期首相となる可能性の高いキャメロンの主張の軽薄さには驚きあきれる。ブラウンがこれらの改革案を出してきたのは、次期総選挙で敗北間違いない労働党が、自党に有利になるように選挙制度を変えようとしているからだと決め付けた。国民の英国政治への信頼が揺るいでいるが、その対策よりも自党の利害の方が優先するのは、優先順位がおかしい。第三党の自由民主党のニック・クレッグ党首の話し方はあいも変わらず歯切れが悪い。
英国政治は、先だっても触れたように根本的に見直す必要があるが、キャメロンがこの調子では、英国政治が国民の信頼を取り戻すには相当長い年月がかかりそうである。
2009-06-09
ブラウン英国首相の今後(Brown’s Future)
ゴードン・ブラウン英国首相が、大きな危機に直面した。内閣改造を前に数々の閣僚らが辞任し、また、ブラウン反対派が公然とブラウンに退陣を迫り、ブラウン首相を辞めさせようという動きが強まったためだ。予想されたとおり、6月4日の一部の地方選挙と欧州議会議員の選挙で、労働党が大敗北した。しかし、ブラウンは、6月8日に行われた労働党上下両院議員との懇談会を乗り切り、当面、ブラウン降ろしの動きは鎮静化する見込みだ。
このブラウン降ろしの動きは、ブラウンの政策を批判したものではない。ブラウンの政府運営方法への批判はあるが、ブラウンと労働党への世論調査での支持率が非常に低くなっているために、次期総選挙で労働党が大敗北する可能性が強まっているためだ。
しかし、ブラウンには、現在、首相を退く意思は全くない。世界的なクレジットクランチのために、英国は、第二次世界大戦以降、最悪の景気悪化の状態から未だに抜けきっていない。しかも国会議員の経費の悪用問題の解決には今しばらく時間がかかる。こういう状態で、政権を投げ出せば、無責任のそしりを免れないだろう。ブラウンの退陣を声高に訴えているマスコミは、ブラウンが退陣するや否や、ブラウンは無責任だと攻撃し始めるだろう。現在の景気経済問題にブラウン以上に対応できる政治家は英国にはいない。
ブラウンは今秋には議員の経費問題を片付け、来春、英国の経済がどの程度回復したかの評価をするだろう。その時点で、もし、労働党の支持率が回復していなければ、自ら退陣を決断すると思われる。ブラウンは労働党マンだ。責任ある人物でもある。ブラウンは最終的には、労働党が新しいリーダーの下で総選挙を戦える状態を作るのではないかと思われる。
Politics
2009-06-03
過去にしがみついた英国の政治制度-スウェーデンとの比較(British Parliament Clung
to the Past:Comparisons with Swedish System)
スェーデンのストックホルムでスウェーデンの国会を見学した。その取り組みには制度を公平に、公正にする意図がはっきりと出ており、非常に新鮮に感じた。数週間前に英国の保守党のキャメロン党首が、下院議員の経費問題の関連で、抜本的な改革を行うと宣言したが、その「抜本的」な内容を聞いて驚いた。例えば、議員のリコールができるようにする、現在646人の議員の数を1割減らすなど、抜本的とは全く言えない。まったく古い発想だ。
スウェーデンの人口は、900万人余りだが、議会は一院制で、349人の議員が選ばれる。国王がいるが、首相は議会で選出し、議長が任命する。賛否同数になった時には、議長がくじ引きで可否を決める。三権分立がきちんと図られており、閣僚は議員の職を離れなければならない。閣僚が首になればどうなるか訊いてみたが、議員には戻れず、それで終わりである。
英国では、名目上、女王(国王)が非常に大きな権限を持っている。女王が勝手に大臣を任命することも可能だ。政府は女王(国王)の大権を使い、様々な施策を打ち出すことができる。また、政府には、閣僚だけではなく、議会秘書官などの職を含め約150人の議員が政府に入り、そのために、政府と議会との関係、特に政府の政策・業績の吟味が非常に難しくなっている。きちんと体系立った法制度やルールが敷かれておらず、議員の経費問題でも明らかになったことは「名誉ある議員」として自己規制に頼り「なあなあ」の風土が至るところに残っていることだ。かつて、議会の規範コミッショナーであったエリザベス・フィルキン女史が議会に嫌われたように自分たちの権益に口ばしを入れる人たちを排除する傾向がある。
英国の議会は完全に時代遅れになっている。もし、英国が議会制民主主義の伝統を誇りたければ、世界で最先端の模範的な議会制度を構築し、示すべきだ。
Politics
2009-05-17
下院議員の経費問題の責任はサッチャーにある?(MPs’ Expenses: Thatcher’s Fault?)
多くの人がマスコミで、現在の下院議員の経費に関する問題は、マーガレット・サッチャーが首相の時に始まった、と主張している。つまり、サッチャーに責任があるというのだ。その一人は、オックスフォード大学のボグダノー教授だ(タイムズ紙2009年5月14日)。しかしながら、私はこの見方には同意できない。むしろ、現在の労働党政権が、それを大きく悪化させたと思われる。歴史上の事実は以下の通りである。
1983年に議員などの待遇の勧告をする高級公務員審議委員会が、下院議員の給与を31%上げる提案をした。しかし、それは国民に受け容れられないと判断したサッチャー率いる政府は、4%の引き上げを提案した。下院は、31%のアップはそれ以降の5年間で達成されるべきだとして、その際には5.5%アップで妥協した経緯がある。一方、この委員会は同時に、議員の調査並びにスタッフ経費を大幅にアップすべきだと勧告した。確かに、下院議員の事務所経費は1983年に29%上昇し、また、1986年には52%上がっているが、今回問題となっている第二住居経費は、サッチャーの在任期間中(1979-1990年)は、おおむね物価上昇率に沿っている。この間の大きな変化は、1985年に、この経費から住宅ローンの利子支払いを政府が認めたことだ。この第二住居経費は、実は、ブレア労働党政府の下(1997-2007年)、2001年4月に物価上昇率を大きく上回って42%上昇している。この際のアップは、労働党下院議員の発議に基づくものだが、政府はそれを追認している。その上、2001年には、委員会の勧告に基づいて、スタッフ経費(当初7万ポンドまで)と雑費(当初1万8千ポンドまで)を新たに設けた。その上、2007年にはコミュニケーション費として1万ポンドの支給を決めた(このコミュニケーション費は、2009年5月13日の首相のクエスチョン・タイムで保守党のキャメロン党首が、ブラウン首相に廃止を迫った)。つまり、労働党政権下、議員の給与は年々上昇し、その上に、議員の諸手当が大幅にアップしたのである。これが今回の出来事の背景になっていると思われる。つまり、次々に大きく増加する給与並びに手当に、議員の金銭感覚が麻痺していったのだ。サッチャーを攻撃する前に、1997年から現在まで政権を担当している労働党政権の責任を問うべきだと思う。
Politics
2009-05-16
大騒ぎとなった英国下院議員の「経費」請求問題(Disgraceful
MP’s Expenses)
英国下院議員の経費請求が、一般常識を大きく離れ、不正と言えるほどに濫用されていたことが発覚し、英国議会を大きく揺るがす事件に発展している。日本では、「そういうことは何ら不思議ではない」と言う人が多いと思われるが、英国では、下院議員は、そういうことはしないと考えられていたために、国民はショックを受けている。英国では、下院議員は「名誉ある人たち」と考えられており、下院ではお互いをそのように呼んでいる。下院議員たちが自分たちのことだけを考えていると見る人はいたが、議員の職を利用して、自己の利益追求にここまで励んでいたとは、多くの人は全く想像もしていなかったのである。
これは第二住居補助費の問題である。下院議員には、日本の国会議員のように議員宿舎はない。そのために、通常、選挙区とロンドンでの住居の二つが必要となる。生活の本居である第一住宅の関係の経費は、それぞれが払うが、第二住宅には年間約2万4千ポンド(約360万円)までの経費が認められる。これでは、住宅ローン(利子だけ)の支払いや住居にかかる地方税などの支払いが含まれるほか、それ以外の住居関連費が認められる。もちろん、常識的なものに限られることになっており、家具や電化製品など物品の購入には、中流階級の人が良く使うデパートのジョン・ルイスの価格表が参考にされ、経費補助が行われている。
幾つか悪質な例を挙げてみよう。労働党の下院議員で党籍一時停止の処分を受けている二人は、すでに支払いの済んでいる住宅ローンを請求し、お金を受取っていた。保守党のキャメロン党首の補佐顧問役を辞職した有力議員は、その夫人ともども二人とも保守党の下院議員だが、夫人の選挙区の家とロンドンの住居と二つの物件を持っている。本人の選挙区は、ロンドンからそう遠くない。問題は、その二つの物件を二人が第二住宅として指定し、二つの物件両方に、第二住居補助費の満額に近い補助を受けていた。つまり、夫は、妻の選挙区の家を第二住宅に指定し、妻は、ロンドンの家を第二住宅に指定していたのである。その他、第二住宅の指定を次々に変え、お金を引き出していた例は数多い。
私の知人のリーは、今まで選挙では投票をしたり、しなかったりと、それほど政治に関心があったわけではないが、今回の問題で、腹が立つと言い、6月に行われる欧州議会の選挙には絶対に投票に行くと言っている。この例でもわかるように、英国の主要政党の労働党と保守党は、今回の事件で大きな痛手を被っており、小さな政党に支持が移る可能性が高いと見られている。
今回の暴露は、テレグラフ紙が行っている。下院の関係者が、2004年以降の領収書などの写しを漏らし、それを入手した人物がテレグラフ紙に売ったと見られている。英国の大政党の威信と信頼が大きく地に落ちた事件である。
Politics
2009-04-15
英国教員組合のおかしな態度(Teachers’
Union’s Questionable Behaviour)
英国の教員組合はおかしい。言うこととすることがちぐはぐで、信頼が置けない。英国の最大手の教員組合で、30万人の組合員を誇る全国教員同盟(National
Union of Teachers)が先週末全国大会を開いた。この組合は、英国のイングランドとウェールズを対象としている。その大会で最も注目を浴びた議題は、2010年にイングランドの7歳と11歳の子供の受ける全国共通テスト(Sats)をボイコットすることであった。この共通テストが子供たち、そして教員にストレスを招き、また大きな負担となっているとして、ボイコットすることを採択したのである。
一方、深刻な不況時で多くの人が職を失ったり、職を守るために賃金カットに応じたり、また、政府は財政難のために景気刺激策をとりかねている時に、この教員組合は、10%の賃金アップを採択した。
共通テストは、国語である英語、算数、理科の科目で行われ、その学校別の結果は、成績順に公表される。そのため、多くの学校がこの共通テストに向けて2年ぐらい前から準備を始め、それ以外の科目がおろそかになる、また、暗記に力を置いた授業が繰り返され、子供たちの考える力や独創性などが伸ばせない、という批判があった。このような共通テストは、イングランド以外の他の英国の地域では既に行われていない。しかし、16歳で学業を離れて仕事に就く子供の10人に6人は英語と数学で必要な水準に到達していない。しかも英国では500万人の人(人口の8%)が文盲であると言われている。こういう状態を無視して全体のレベルを計るテストを廃止することが賢明であろうか?
共通テストそのものの内容や採点の仕方に問題があるという批判もある。しかし、これらは改善できる問題だ。一方、普通の公立学校でも、共通テストの準備にほとんど時間をつぎ込まないでも、非常に優秀な成績を収めている学校もある(例えば、BBCも取り上げているKetteringのHall
Meadow Primary School)。最大の問題点は、多くの教師が学校別の成績リストが公表されるようなテストをしたくない点にある。教師へのストレスが大きいからだ。教員組合の全国大会での共通テストボイコット採択は、英国でよく使われる表現、Turkeys
voting for Christmasに似ている。つまり、クリスマスには七面鳥を食べるが、その七面鳥にクリスマスを支持するかどうかと訊けば、「ノー」と言うだろう。つまり、教員に自分たちに負担になることをしますか?と訊けば、その答えは極めて明らかだ。もちろん、これらの教員は子供たちのために、と主張しているが。その組合が、10%の給料アップを要求した。この組合の関心がどこにあるかはこれを見ればわかるだろう。
Politics
2009-04-14
善悪の見境のない労働党政府スペシャルアドバイザー(Amoral
Spin Doctors)
首相府で働く、ゴードン・ブラウン首相の側近のスペシャル・アドバイザーが、野党第一党の保守党の党首らを誹謗中傷するウェブサイトを立ち上げようとしたことが明らかになり、英国マスコミをにぎわしている。保守党は、各種世論調査で、労働党に10%以上の差をつけており、来年6月までに行われる次の総選挙後に政権につくと見られており、この試みはそれを防ごうと意図したものだ。
ことの次第はこうだ。元官僚で、財相時代からブラウンに仕え、スペシャルアドバイザーとなった人物が、労働党の元スピンドクターで、今は労働党支持のウェブサイトを運営している人物に、今年1月、上記の内容のEメールを送った。そのEメールの内容が実行されることはなかったが、首相府から送られたそのEメールが、第三者の手に入り、それが公表されたのである。そのスペシャルアドバイザーは、ただちに辞任したが、労働党政権の体質とそのスピンドクターたちに大きな批判が集まり、ブラウン首相にマスコミと野党から圧力がかかっているという状態だ。
相手政党の有力者を誹謗中傷する試みは、恐らく保守党も密かに行っているものと思われるが、それが明らかになり、しかも政権政党が行っているということになると許されない。トニー・ブレア元首相のスピンドクターで、ブレア政権の黒子としてマスコミから強く叩かれたアラスター・キャンベルは、保守党の弱みは政策であるのに、それではなく、個人攻撃に的を絞ろうとしたことは的外れであり、この一件はその内容が不快なものであるばかりではなく、当事者が無能だと指摘している。情報公開法の時代には、そういう内容のEメールを政府のコンピュータから送れば、いずれは明らかになるとも指摘する。
ここでの問題は、情報操作に従事するスピンドクターたちだ。ジャーナリストを「虐めた」キャンベルは、総合判断のできる人物であり、そのためにブレアが頼りにしたが、スピンドクターの多くは、自分のしている情報操作にのめり込み、総合的な判断ができなくなっている場合が多い。今回の一件は、その典型だろう。長期政権の労働党政権の持つ体質が出てきた事件と言えるだろう。その意味では、労働党政権は変わり目に来ていると言える。
なお、労働党政府には現在、70名弱のスペシャルアドバイザーがいる。これらは政治任用の特別国家公務員である。スペシャルアドバイザーは、それぞれの大臣に仕え、アドバイスを与えることのできる存在であり、国家公務員に指示を与えることはできないことになっているが、接触は許されており、事実上、国家公務員に大きな影響力を持っている。
Politics
2009-04-13
英国の高齢者ケアに欠けているもの(Problems
on Britain’s Elderly Care)
英国の高齢者ケアも英国の持つ問題の呪縛から逃れていない。それが2009年4月9日に英国の公共放送BBCで放送された番組パノラマ「英国のホームケア・スキャンダル」を見て思ったことだ。パノラマは、英国の現在の様々な問題を取り上げ、調査して報道する特別番組で、そのために特別のスタッフがいる。残念ながら、この番組のレポーターは問題の表面をさすっただけで、その本質そのものには迫っていない。しかし、この問題を通じて、いったい英国持つ問題は何かに触れておきたい。
英国では、それぞれの自宅でケアを受けられる高齢者のホームケアは、その70%以上が民間企業によって行われている。個人がこういう企業に直接申し込んでサービスを受けることもできるが、多くは、地方公共団体からの委託だ。現在、高齢者のホームケア事業は、年間、15億ポンド(2200億円)産業となっていると言われる。
パノラマが取り上げた問題は、以下の点だ。
1. ケアラー(介護者)の不十分なトレーニング(もしくは欠如)
2. 介護サービス会社のいい加減な対応
3. 地方自治体のコストによる企業選定
4. 監視機関の不十分な対応
パノラマは、2人の覆面レポーターを介護サービス会社に送り込み、それぞれが隠しカメラを持ち込み、記録を取ったが、これらの介護サービス会社は、高齢者1万5千人の介護を提供している企業で、かなり大手と言える。いずれもその実情はひどいものだった。
ケアラーは、直前まで、どの家を訪問するか知らない。訪問する家がくるくる変わる。ある女性の高齢者は、ケアラーが48時間にわたり訪問せず、息子がたまたま訪問した時、その高齢者は自分の排泄物にまみれ、床にうずくまっていた。ケアプランと呼ばれる、介護の内容、薬の服用などの記録は、ケアを受ける人の自宅に備え付けられていなければならないが、ケアラーの自動車の中で埃にまみれている、それがあっても非常に古いもので、高齢者がいつ、どういう介護サービスを受け、服薬したかなどがまったくわからない。言葉を話せない人や痴呆、極めて衰弱している人には、本人に訊くこともできない。ケアラーが携帯電話で話しながら高齢者の局部を拭っているなど多くの問題点が晒された。
パノラマは、それぞれのケアラーは、仕事をきちんとしたいと思っているが、きちんとしたトレーニングを受けていない、時間内にあまりにも多くの訪問が組み込まれている、また、会社のサポート体制ができていないためにきちんとした介護ができないと言う。また、スコットランドの南ラナークシャー自治体は、介護サービスのオンライン入札を行い、最も低い価格を提示した介護サービス会社を選んだ。そのために、介護会社がサービスを削っている実態も指摘された。
これらは、率直に言って、英国の典型的な問題だ。企業も、自治体も、さらに政府もそれぞれのユーザーのニーズを無視している。コスト削減や利益を上げることをはるかに重視する。しかも、中間管理職が無能だ。英国人は、苦情をいうことが少なく、そのために企業の問題点はなかなか明らかにならない。
介護サービスの基本は、それぞれの高齢者の日常生活のレベル、つまりクオリティが維持されるものでなければならない。その目的のためにそれぞれのケアラー、介護サービス会社、そして自治体、政府が協力しなければならないが、それぞれがまったく連携されていないところに問題がある。
まず、ケアラーのトレーニングだ。これがきちんとできなければ、介護サービスは成り立たない。高齢者がどういうサービスを必要としているか、どのようにしてそれぞれのサービスを提供するかをそれぞれのケアラーが十分に理解していなければならない。
次に中間管理職の問題だ。コストを削りすぎると、誰もが(トップの経営者を除いて)低い給料で仕事をし、こういうサービスで最も重要な中間管理職にきちんと仕事ができる人がいなくなる。または、きちんとできるようになるためのガイダンスやトレーニングが受けられない。一方、ほとんど実務の経験がなく、現場を知らない人が中間管理職となる傾向があり、サービスがちぐはぐとなる。
地方自治体や政府でも、担当者に実務能力が乏しい人が多い。施策が実現可能かのアセスメントがきちんとできておらず、施策を出せば、それで仕事が終わりと考えている人が多い。問題が起き始めても、それが大きな声になるまで何もしようとせず、それが無視できなくなると、その時だけの一時的な対策を取る。問題を突き詰め、長期的に解決を図ろうとはしない。さらに英国の監視機関には、無能なものが多い。受身であり、自ら積極的な行動に出ようとしない。これには無能で実務能力の乏しい人がスタッフに多いことと深く関係している。
英国政府は、高齢者を費用の多くかかる介護施設に入れるのではなく、比較的安価で、しかも多くの高齢者が望むそれぞれの自宅でのケアサービスが受けられるよう施策を進めている。しかし、現在の介護サービスのレベルでは、それぞれの高齢者の「尊厳」を保つことはとうていできないと言えるだろう。日本は、それを他山の石とすべきである。
2009-04-09
Politics
英国下院議員の経費請求制度には根本的な改革が必要だ(Fundamental
reforms required on Rules of MPs’ expenses)
英国では、下院議員の経費請求が大きな問題になっている。英国下院議員は事務所費やスタッフの人件費などの他に、それぞれの選挙区の家と下院の位置するロンドンでの滞在に必要な住宅を維持するための経費請求が認められている。この経費の枠は年に2万3千ポンド(330万円)であるが、その使い方に疑問が出ている。そのため、経費請求に関わるルールを変更しようという動きがあるが、それだけでは不十分だ。根本的な改革が必要である。
これらの費用は、下院議員の年俸に付加して支払われるもので、従来から多くの問題を起こしてきた。例えば、ある保守党の下院議員は、自分の大学生の息子に人件費枠を使い、ほとんど仕事をしていないのに多くのお金を支払っていたことがわかった。その下院議員は下院で公式に叱責され、一部(!)の額の返済を命じられた。この議員は、保守党を離れ、また、次の選挙には立候補しないことを表明した。また、この議員の妻は、この議員のスタッフであり、家族全体が議会の制度を利用してお金を引き出していたことがわかったのである。日本では議員本人の家族は公設の秘書に雇えないことになったが、英国では、家族をスタッフに雇うことは広範囲に行われており、下院議員全体の約4分の1がそうしていると言われる。この背景には、特にそれぞれのパートナーをスタッフに雇うと、選挙区を離れてロンドン住まいの多い議員の家庭を守ることになるという考え方がある。
この保守党議員の問題と同時期に、経費の問題が大きく取り上げられ、議会事務局がジョン・ルイス・リストと呼ばれる、英国のデパート、ジョン・ルイスの製品やサービスとその値段の表を使っていることが明らかになった。つまり、このリストに従って議員からの請求が妥当な値段かどうかを確認して支払っていたのである。これには、テレビの購入や台所の改修ばかりではなく、住宅ローンの支払いなども含まれている。2006年に下院議会事務局が調べたところでは、下院議員全体の4分の1にわたる485人が住宅ローンの利子支払いを受けていた。
今回の経費問題で矢面に立ったのは、内相のジャッキ・スミスと運輸相のジェフ・フーンである。スミス内相の場合は、自分の選挙区の家を第二住宅として、そちらの住宅ローンなどをこの経費から支払っていた。ロンドン滞在中には自分の妹の家に居候し、それを本居(第一住宅)としていたのである。本居の定義は、「週の大半を過ごす場所」となっており、内相としてロンドン滞在の多いことから見れば、定義には適っており、数年前に、このやり方に下院議会当局からもOKを取っているといわれる。しかし、本来の制度の趣旨からすれば、かなり逸脱している。この問題のほかに、3月末、さらなる問題が発覚した。スミス内相の選挙区事務所の責任者をしている夫(この夫もスミス内相のスタッフとして年に国費から4万ポンド(580万円)受けていると言われる)が請求した経費の中に、衛星放送でポルノ映画を見た際の領収書が混じっていたのである。衛星放送の費用を経費請求する議員は多いが、ポルノ映画のものまで請求するのは行き過ぎであろう。スミス内相の夫は、それを謝罪し、取り下げたが、スミス内相は度重なる経費請求に関する問題でかなり大きなダメージを受けた。
一方、フーン運輸相の場合は、2005年まで務めた国防相時代のことが問題になっている。フーン運輸相は、選挙区の家の他に、ロンドンに家を持っているが、国防相時代には、ロンドンにある政府の高級住宅に、家賃なしで入っていた。この住宅の価値は、年間家賃10万ポンド(1450万円)と言われる。ところが、ロンドンの自宅を賃貸に出して、家賃収入を得ていながら、第二住宅への経費も同時に受取っていたというのである。これも下院議会事務局のOKを受けていたと言われる。
これらの問題で明らかなのは、それぞれの議員が、制度を「うまく」利用していることである。その際には、それが本当に公平で公正な経費の利用だと一般に判断されるかどうかは二の次となっており、弱い立場にある議会事務局のOKと「ルールは破っていない」という主張を隠れ蓑にしている。
下院のリーダーである、ハリエット・ハーマンは、経費のルールを変更する必要があるというが、それで果たして効果があるのだろうか?この問題をルールや規則のいわば技術的な問題と捉えてよいのだろうか?いくらルールや規則を作っても、それができた途端にその抜け穴作りが始まるだろう。
基本的な問題は、それぞれの議員のモラルの問題だ。つまり、それぞれの議員が公職についていることを自覚して、モラルを向上しようとするかどうかだ。いくら制度を作っても、それだけでは、倫理を向上させることはできない。議員の品位を上げる雰囲気、基盤ができてこなければならない。
経費の問題については、経費の制度そのものを廃止するのが最も手っ取り早い方法だ。しかし、それが議員のモラルを上げる方法とは言えない。私は、むしろルールを取り払い、その代わりに、経費請求を完全に透明化し、「公正で妥当な請求をする」とのみすべきだと考える。つまり、一般の有権者がそれぞれの支出に異議があれば、それを訴えられる制度を作り、そこでそれが公正・妥当ではないと判断された場合には、議員は、それを払い戻すとすべきだ。公職にある議員は、世に規範を示す存在でなければならない。
2009-04-10
Politics
アルカーイダの新しい手(Al-Qaeda’s
new tactics)
英国は、イスラム教徒の国際武装テロリスト組織であるアルカーイダなどイスラム教過激派の標的となっている。その2005年のロンドン爆弾攻撃では57人が亡くなった。このため治安当局(MI5と警察、政府通信本部など)は、全国的にイスラム教過激派テロリストに対する諜報網を張り巡らしており、現在まで何度もその攻撃を未然に防いできた。英国治安当局は、長い間続いた北アイルランドの問題でテロリストへの対応には比較的慣れていたものの、イスラム教過激派は、IRAなどのテロリストとは異なり、攻撃の予告などがなく、新たな対応を迫られていた。その効果が出てきたのか、イスラム教過激派の戦術が変わってきたようだ。
4月8日のイングランド北西のマンチェスターやリバプールなどのテロ摘発では、逮捕された12人のパキスタン人のうち10人が学生ビザで英国に入国していたことがわかった。9/11後の2002年から2006年の間は、イスラム教過激派の戦略は、英国人イスラム教徒のシンパを訓練することだった。しかし、今ではそれを変更し、テロリストを英国へ送り込もうとしているようである。イスラム教過激派が戦術を変える必要が出てきたということは、今までのところ、英国の対テロ活動は成果を挙げているといえる。
英国で摘発されたテロ計画の4分の3は、パキスタンと関係していると言われる。つまり、英国人がパキスタンで訓練を受けたり、首謀者がパキスタン人であったりするのだ。2004年から2007年の間に4万3千人のパキスタン人が学生ビザを受け、英国に入国したが、2006年に英国駐パキスタン大使が下院の内務特別委員会で、学生ビザを受けて入国したパキスタン人の半分の行方がわからなくなっていると証言したことがある。
学生ビザでの入国は、今まで比較的簡単であったが、英国は、学生ビザでの入国の審査を厳しくした。恐らく日本人もその影響を受けるだろう。
Politics
2009-04-10
ブレア前英国首相の信仰とイラク戦争(Tony
Blair’s faith)
トニー・ブレア前英国首相は、2003年、英国の世論の強い反対を受けながらもアメリカとイラク侵攻に踏み切った。その決断がブレアの信仰と大きく関わっていることは広く知られている。しかし、この決断が、後にブレアへの支持率が下がる大きな原因となり、2007年にブレアが首相を退く背景となった。首相退陣後は、中東和平の四者(国連、EU、米、ロ)特別特使として無給で働いている。また、ブレアは、学生時代に堅信礼を受けた英国国教会からカトリックに改宗した。さらにトニー・ブレア信仰財団を設立し、宗教間の相互理解に尽力している。アメリカのエール大学で信仰と国際化についての講義も担当している。信仰への正しい理解が国際化に必要だと信ずるからだ。
そのブレアがBBCのインタヴューに答えて、イラク侵攻後に起きたことを毎日考えるが、信仰が大きな助けとなっていると言った。多くの人命が失われ、イラクからの英軍の撤退が決まった今でも、ブレアの責任を問う人も多い。イラク戦争の意味は、もう少し時間がたたなければ評価が難しいが、ブレアは、2008年5月のタイム誌のインタヴューで、「政治で最悪のことは、支持を失うことを恐れ、自分が正しいと思うことをしないことだ。信仰は、何が正しいかを教えてはくれないが、それを行う力を与えてくれる」と言っている。
Politics
2009-04-10
急増した英国の教育予算(Education
Spending under Labour)
労働党が1997年に政権について以来、教育予算は大幅に増えた。これは、当時のブレア首相が「教育、教育、教育」と主張して、教育の重要さを訴えたことに関係がある。1997年のイングランドの教育費は、300億ポンドであったが、2008年にはそれが630億ポンドに増えた。インフレなどを除いた実質では、65%の増加で、児童生徒一人当たり、2970ポンドから5860ポンドとなった。この間、教員の数は40万人から10%増えて、44万人となっただけだが、教員を支える授業助手などが大幅に増えて、20万人から50万となった。一方、教育予算が増えた割には、成績のほうは、比較的ささやかな伸びとなっている。
Politics
2009-04-12
付加価値税2.5%減税の効果(2.5%
VAT cut worked)
英国の付加価値税(VAT)の減税が効いているようだ。昨年11月にアリスター・ダーリング蔵相が、英国経済活性化の主な手段として、日本の消費税のようなVATを17.5%から15%に2.5%下げると発表した。これは、2008年12月1日から2009年12月31日までの一時的なもので、この減税にかかる費用は、125億ポンド(1.8兆円)と試算されていた。当時、英国の経済は悪化する一方で、消費者心理も悪化、銀行の貸付も大幅に減少していた時だった。しかし、野党第一党の保守党を始め多くが、そんなわずかな減税が効くわけがない、お金の無駄遣いだと強く批判した。ドイツの蔵相までその批判に同調した。
ところが、英国の有名な経済ビジネスリサーチセンター(CEBR)によると、減税は直ちに、小売の売り上げに効果をあらわし、その効果は継続している。この減税が開始された後の最初の3ヶ月で、その効果は、これがない場合と較べて、21億ポンド(3000億円)売り上げが増加したという。2009年には80億から90億ポンド(1.2兆~1.3兆円)売り上げが増加する見込みだ。
もし、この減税で100億ポンド(1.45兆円)売り上げが伸びたとすると、政府のVATからの税収は、減税がなかった場合と較べて15億ポンド(2000億円)増加する計算となり、この減税に対する費用は若干減ることとなる。全体の費用と較べるとそう大きな金額ではないが、消費者の心理、さらには産業界への影響などを考慮すると、無視できない数字だ。
Politics
2009-03-25
ブラウン英国首相の役割(Brown’s
Role in Global Economic Downturn)
ワシントンでのゴードン・ブラウン英国首相の演説をみていて感じたことが二つある。まず、ブラウンには今回の世界的な景気後退問題の解決もしくは改善に尽力する歴史的な役回りがあるのではないかということだ。そして、この問題に対する各国の協力関係は、今後の世界的な規模の問題解決の基礎となっていくだろうということだ。
ブラウンは、ロンドンで4月2日から開かれるG20の首脳会議の準備としてアメリカのワシントンを訪れている。そこで、ウォールストリート・ジャーナルの開催した会で演説し、質疑応答をした。出席者は、ブラウンの演説に真剣に耳を傾け、ブラウンが何を言うか息を詰めて聞いているように見えた。ブラウンのアメリカでの評価が極めて高いことを物語っている。ブラウンは、3月4日にアメリカの上下両院への演説の機会を与えられた。これは、英国首相として5人目の栄誉である。ウィンストン・チャーチル、クレメント・アトリー、マーガレット・サッチャー、それにトニー・ブレアに続くものである。この上下両院への演説で、ブラウンは17回のスタンディング・オベーション(総立ちの拍手喝さい)を受けたと言われる。
まず、ブラウンの歴史的な役回りについてだ。ブラウンは1997年の総選挙でブレア率いる労働党が勝利を収めて以来、ブレアが首相を退き、ブラウンが首相となった2007年まで財相を勤めた。当時、世界一の財相という評価もあったぐらいである。そのためにブラウンの財政・金融政策に関する知識と経験はこのレベルの政治家としては、トップクラスと言える。そのブラウンが首相・つまり英国政府の代表である時に、世界同時不況が生じた。その能力は、2008年のノーベル経済学賞を受賞したクルーグマン教授が褒め称えている。
次にブラウンの国内での評価だ。現ブラウン政権への支持は、保守党に10%以上の差をつけられている。ブラウンは、財相時代に、自分の評価が高かったために、自分の能力を過信した傾向がある。その典型は、昨年英国で大きな問題となった10p税率廃止である。多くの低所得層がこのために増税となることがわかっておりながら強行しようとした。結局、この増税を補うために税の補正をしなければならなかったが、時既に遅く、ブラウンへの信用は大きく傷つけられた。2007年に総選挙の実施を取りやめたこと、労働党政府への飽きが出ていること、さらに保守党のイメージ戦略が効を奏していることなどから、来年6月までに実施される総選挙では、労働党が引き続き政権を担える可能性は極めて小さい。
以上の二つが相俟ち、ブラウンの置かれた環境は、極めて特殊なものと言える。つまり、国際的には知名度が高まり、その言動には注目が集まり、影響力があるものの、国内ではブラウンの行っていることのインパクトが極めて小さい点だ。つまり、いくらブラウンが努力しても、次期総選挙への影響は恐らく小さいだろうということだ。
ブラウンのアメリカ上下両院の演説やウォールストリート・ジャーナルのスピーチを聞くと、その内容は非常に未来志向で、高い理想に基づいている。世界の将来が焦点だ。世界でさらに強力な協力関係を築くことがその目的だ。ブラウンは地球温暖化の問題だけではなく、アフリカの飢餓の問題などにも深く関わってきたが、現在の世界景気後退を乗り越えることなしには、先進国だけではなく、発展途上国が非常に大きな痛手を受けることをよく承知している。私の判断では、ブラウンは、次期総選挙はともかく、自分が政治を目指した原点に返って、現在の問題に最大の努力を図ろうとしていると思う。また、英国がアメリカと欧州の架け橋の役割を果たすために、ブラウンは、非常に気が短い人物だが、自分の発言に気をつけている。今までのブラウンとは異なる。
ブラウンは、運を天に任せ、後は自分の最善を尽くすという状態に近くなっているように感じられる。恐らく政治家は、こういう状態の時、最大の能力を発揮できると思われる。ブラウンの努力の結果は、ブラウンの個人的な運命はともかく、単に今回の世界景気後退の解決だけではなく、今後の国際的な問題の改善、解決に役立っていくだろうと思われる。その意味で、ブラウンには歴史的な役回りがあると感じられるのである。
Politics
2009-03-16
前首相夫人が年金基金の銀行訴訟に雇われる(Pension
funds employ Cherie Blair to sue the RBS)
英国有数の銀行であるロイヤル・バンク・オブ・スコットランド(RBS)を相手にして、英国の幾つかの年金基金が、RBSの株式が90%以上下落したために大きな損失を被ったとして損害賠償を求めるクラスアクションをアメリカで起こした。そしてそのための弁護士として、前英国首相トニー・ブレアの妻シェリー・ブレアQC(弁護士としては、ブースの姓を使っている)を雇った。この訴訟をアメリカで起こしたのは、RBSがアメリカで企業活動を行っており、また、アメリカでは、英国と異なり、敗訴した側が相手の訴訟費用を支払う必要がないためだ。
RBSは、世界金融危機で大きな打撃を受け、2008年の損失として英国企業史上最大の241億ポンド(3兆円)を2009年2月に計上した。政府は銀行の経営を支えるために公金を援助したが、その額は通算330億ポンド(4兆6千億円)に達している。一方、RBSは損失発表と同時に不良債権3250億ポンド(45兆円)分を政府の保証制度に入れると発表した。1727年以来の伝統を誇るRBSが今や、政府がその株式の68%を持つ状態となっている。
しかし、昨年10月に辞任した元社長にRBSが非常に寛大な年金を提供していたことが明らかになり、大きな社会問題となっている。RBSの現在の状態を招いた張本人が、その失敗に対して大きな報酬を受けていたためだ。この元社長の年金資金は1690万ポンド(23億円)であり、年あたりの年金額は70万ポンド(1億円)となる。納税者から援助を受けなければ、昨年倒産していたはずの銀行の社長がそのような年金を50歳から受けるのはおかしいためだ。
こういう中、英国の地方自治団体らの年金基金がRBS相手に訴訟を起こすことにしたわけだが、その全体の損失額は10億ポンド(1兆4千億)になるとも言われる。
シェリー・ブレアは、英国では著名な法廷弁護士であり、その専門は人権問題ならびに雇用に関係することであるが、アメリカでの高い知名度が役に立つことを期待して、それが今回の訴訟に関与する原因となったのではないかと思われる。しかしながら、政府がRBSの株式の過半数を持っていることから、ブラウン労働党政府に与える可能性を心配する向きがある。
Politics
2009-02-18
保守党の選挙戦略(1)(Tory’s
Election Strategy (1))
保守党は、次期総選挙で勝つことを有力視されているが、そのために選挙への準備に手を緩めることはなく、万全の準備に怠りがない。これは、かつて労働党党首のトニー・ブレアが1997年の総選挙で、勝利を確実視されながらも最後まで手を緩めることがなかったのと似ている。実際、保守党党首のデービッド・キャメロンはブレア流の手法を目指し、ブレアが改革派として労働党を改革したように保守党の改革派として振舞おうとしている。これは、ゴードン・ブラウン首相が2007年6月にブレアの後を受けて首相に就任した際、キャメロンが、自分がブレアの考え方の後継者だと主張したことにも現れている。つまり、労働党左派の強い支持を受け、かなり左よりの政策を実施するのではないかと見られていたブラウンとの差を明らかにする狙いがあった。
しかし、今や、世界同時不況に対する対応策の違いから始まり、ブラウン労働党政権との政策の違いがはっきりと出てき始めた。世論調査で労働党に10%以上の差をコンスタントにつけている現在、保守党の自信が深まり、その政策にもかつてのポピュリスト的な対応から、真剣なものへと移りつつある。
基本戦略
基本は、これまでの3回の総選挙で敗北した原因の「薄汚い保守党」のイメージを変えることである。このために、キャメロンの保守党は徹底したマスコミ対策を講じてきた。つまり、社会的に寛容で、環境に優しく、社会悪に立ち向かう保守党というイメージを徹底的に売り込むことに最大の努力を払うことである。
この戦略を策定しているのは、戦略担当のスティーブ・ヒルトンだ。ヒルトンは広報宣伝の分野で異常な能力のある人物である。ヒルトンは保守党の調査部で働いていたが、その能力を見込まれて広告宣伝の道に入った。後に、企業の社会的責任を果たしながら企業のイメージ向上をはかるGoodbusinessという広告宣伝会社を立ち上げて成功した人物である。キャメロンが2005年に保守党党首となった後、キャメロンに請われて保守党の戦略担当となった。後に、ヒルトンの年俸が27万6000ポンドであることが明らかになり、多くを驚かせた。国から「対立政党」党首としての給与を受取るキャメロンの年俸の2倍である。ヒルトンは、2008年に妻のレイチェルがインターネット会社グーグルの広報担当副社長となり、アメリカのシリコンバレーに移った時、一緒にアメリカに移った。今ではアメリカのカリフォルニアから時折英国を訪問する状態だ。しかし、キャメロンのヒルトンへの信頼は強い。保守党の特に右には、ヒルトンは自分たちのことや自分たちの意見を全く考慮していないと強い批判があるが、ヒルトンはそういう批判には全く関心がないようだ。これには、ヒルトンが保守党を離れて広告宣伝の道に入った後、ロシアでエリツィンに選挙のアドバイスをしたり、世界中の選挙に関連した仕事をしたが、その際に培った「哲学」が関連している。つまり、政治では「メッセージ」が問題で、それを誰が発するか、その内容がどうかということは大きな問題ではない、ということである。
つまり、何に重点を置くかが明確であり、しかもGoodbusinessでその適用を実践してきた人物が保守党の戦略担当になり、ある程度の時間を与えられれば、それが効果を発してくるのはある程度予測できる。
一方、2009年1月に立ち上げられた「進歩的保守党」の動きがある。これは今後3年間かけてその内容を煮詰めていくことになっているが、その骨子は次の四点である。
・ 公平な社会
・ 自然に配慮した環境
・ 市民の安全
・ 機会均等
これらはもともと、労働党や自由民主党の主張してきたことであり、これらの政党の支持者の票を狙った動きでもある。
Politics
2009-01-30
景気後退の中での政治(Politics
in Recession)
アメリカのサブプライム問題から始まった現在の信用危機、銀行の貸し渋り、そして景気後退の中で英国の政治はどう動いていくのだろうか。
現在の状況をかいつまんで見ると、政府からの圧力にもかかわらず、銀行の貸し渋りは継続しており、消費者も支出をやや控えている。企業倒産の数は増してきており、失業者の数も急激に増えている。将来への期待感は低く、逆に将来への不安が日増しに大きくなっている。その中、昨年秋にブラウン労働党政権が銀行救済策を打ち出し、世界的な賞賛を浴びた後のいわゆる「ブラウン蘇生」は次第に衰え、現在ではどの世論調査会社も保守党は労働党に10%以上の支持率の差をつけたと判断している。
現在の経済の問題には前例がなく、非常に複雑であり、その対処方法が極めて難しい。これは、「新種の病気」とも言える問題で、根本的な治療策がなく、一つ一つの出てくる症状に対処して病気の悪化を防ぎ、その改善を図りながらも、これらの手段が健康回復へつながることを祈る、という状態だと言えるだろう。医者と同様、経済学者やエコノミストも、いかに権威者であっても、それらの人々の考え方の基本は過去の例の延長上の解決策であり、それだけでは現在の問題に対処することは難しい。一方、IMFをはじめさまざまな経済・研究機関が経済予測を出しているが、これらの予測のモデルも過去のデータのコンピュータ分析が中心であり、どこまで信頼できるか疑問が残る。
こういう中、労働党と保守党では取るスタンスがかなり異なっている。労働党政権は、政府が、金融・財政政策の両面で、あらゆる手段を講じて対策に取り組むべきだとして財政上無理をして次々に新しい政策を出している。財政が悪化しているのは十分承知の上で、財政のバランスを保とうと細かな計算をして景気刺激策の方策を捻出しようとしているが、今後、さらに借金は大きく増加する見通しだ。最も新しいものは、地方公共団体による公営住宅の大規模な建設計画だ。昨年わずか375軒しか建設しなかったものを公営住宅に関する政府の規制を緩めて、今後年間7万件程度増加させていこうとするものだ。余りにも多くの政策が出てくるので、この状態を「頭のない鶏」が方向性もなく走り回っていると批判する向きが労働党内部からもある。ただし、経済が悪化する中で、政府が何か手を打っていかなければ、それはそれで政府が批判される。
一方、保守党は、現政権は借金に頼りすぎているとして、政府の今までの財政運営と現在の景気対策を批判し続けている。保守党は、政府の財政赤字は既にGDPの8%だと言い、これは多すぎると批判している。次期総選挙後の政権を見据えて、政権の足かせとなる財政赤字をできるだけ少なくしておきたいという考えがあるからだ。これは政権の政策選択の幅が財政赤字のために大幅に制約されるからだ。保守党は労働党に「何もしない政党」と揶揄されながらも、今回の景気後退はブラウンの財相時代からの財政政策の失敗が招いたと主張し、現在のブラウン政権の政策もお金の無駄遣いで、まったく効果が上がっていないと言う。現在の政策の効果が上がっているかどうか、長期的に効果があるかどうかは時間がたたないと判断できないが、これらの保守党の批判はむしろ保守党のスローガンと化している。一方、金融機関への政府の保証政策など労働党政府の政策の幾つかは、保守党が最初に言い出したものを政府が盗んで採用していると主張している。もちろん保守党は記録を調べて、政府がそういう政策を発表していないのを確認してそう主張していると思われる。ただし、2007年秋の総選挙をストップさせる効果のあった保守党の相続税の減税提案は、実は財務省の中で議論されていたものが情報漏えいで保守党に伝わった可能性が指摘されている。実際、当時政府は財務省で以前から議論されていたと主張した。内務省の保守党への情報漏洩で職員が逮捕された時に、財務省の中にも情報漏洩をしている職員がいると報道され、この問題も表面化したが、保守党の主張やマスコミ対策には、時に手段を問わない面がある。保守党の政策は、聞こえがよいが、実際にはどこまで有効か疑問のある政策が多い。例えば、「責任ある資本主義」と言っても、それをいかに実際の政策に反映するかは今後の課題だ。
また、保守党はブラウン政権での銀行らの金融機関への監視体制が甘かったと主張している。金融機関への監視体制の不備は世界的な問題であるが、特に英国の場合、英国の緩やかな監視体制は、現在の問題が起きるまで世界で高く評価され、各国のモデルとされてきた。それが一挙に変化した。キャメロン保守党党首の家はストックブローカーで、代々證券関係の仕事についており、キャメロンが首相であったとしても金融機関や株式取引業者に対して規制を強化する政策を取った可能性は極めて低い。しかし、野党の強みで、すべては労働党政権の失敗であると主張している。
保守党の労働党への攻撃は、事実を曲げている面もあるが、労働党の11年間の政権に飽きてきた国民に次第に浸透している。これには扇情的な報道に走りがちなタブロイド新聞が、政府攻撃をしていることも貢献している。さらにガーディアン紙のポリー・トインビー(歴史家アーノルド・J・トインビーの孫)によると保守党はお金を払ってインターネット上の新聞紙をはじめとするウェブサイトの読者欄に労働党政府を批判し、保守党支持の意見を投稿させているという。これらが、保守党の支持率の上昇に貢献しており、毎週水曜日の首相のクエスチョンタイムでも保守党は同じ政府攻撃を毎回繰り返している。1月28日のクエスチョンタイムでは、BBCのポリティクスショーへの視聴者のコメントで、キャメロンとブラウンは毎回同じことを言っていると批判するものが多かったが、キャメロンは、効果が上がっていると思われる限り、この方法を今後も継続していくだろう。
1月30日のインデペンデント紙で、ジョハン・ハリは、ノーベル経済学賞を受賞したポール・クルッグマン教授にインタビューしている。クルッグマン教授は、昨年ブラウンを賞賛したことがあり、ブラウンの支持者と見られているが、キャメロンの金融政策に頼る政策を「誤りだ」と指摘している。民間の投資が極端に減少している中、政府が財政政策を取らなければ「事態を悪化させる」とコメントしている。どちらの方法がよいかは、最終的には歴史が判断することになる。ただし、政府当局者は、アメリカ、EU、ドイツ、フランス、中国、日本も同様、手をこまねいているわけにはいかず、財政を出動させざるをえない。ブラウン首相は、現在の景気後退をストップさせ、景気回復の道を切り開くために全力を尽くすしか道はなくなっていると言える。
Politics
2009-01-31
次期総選挙予想(Predictions
of the Next General Election)
前回の総選挙は2005年5月5日に行われた。英国では5年の任期があり、前回総選挙後に議会が招集されたのは、5月11日であるため、現在の任期は2010年の5月10日の夜12時に終了する。その翌日に女王が総選挙の実施を告知することができ、その結果、次期総選挙は2010年6月3日木曜日までに行われる。第一次世界大戦と第二次世界大戦中にこの5年の任期が延長されたことがあるが、これは特殊な事例である。
次期総選挙のタイミングは、日本と同様、首相ゴードン・ブラウンが決めることができるが、英国の賭け屋の予想では2010年5月が最も有力である。それまでは現在の経済状態がほとんど改善せず、ブラウンが解散総選挙に打って出ることは難しいと見られている。ただし、2009年6月の可能性もわずかながら残されている。1997年から総選挙は約4年ごとに実施されており、他の選挙の実施時に併せたほうが投票率が上がり、ブラウン率いる労働党に有利だと判断された場合のみ、この可能性が出てくる。例えば、経済が突然上向き始めた、保守党党首デービッド・キャメロンに大きなスキャンダルが出てきたなどという場合に可能性が出てくる。ただし、キャメロンに大きなスキャンダルが出てきたとしても、保守党自体は今だにキャメロンに懐疑的であり、キャメロンに問題が出てきた場合には、キャメロンに固執することなく、現在の副党首格の影の外相で元党首のウィリアム・ヘイグに直ちに党首の地位をバトンタッチするだろう。ヘイグは、失敗に終わった1997年から4年間の党首時代から較べるとはるかに成熟している。ヘイグの政治手腕と人格は、私の見るところキャメロンをはるかに上回っており、キャメロンよりも優れた首相になると思われる。
選挙区の区割りの変更で、議席数は前回の646から次回総選挙では650に増える。この区割り変更は労働党に不利に働く。現在の主要5社の世論調査では、保守党の支持率は、労働党をいずれも10%以上上回っている。次期総選挙では、労働党から保守党への投票が7%スイッチするだけで保守党が過半数を制すると見られているが、前回の総選挙前の世論調査結果によると労働党の支持は保守党を5%から10%程度上回っていただけに、総選挙があれば保守党が勝つと見られている。賭け屋の予測は、これらの事実を反映して、保守党勝利の賭け率を1-4から1-3としているのに対し、労働党の勝利の賭け率はおおむね3-1であり、労働党の勝つ可能性は極めて低いと考えられている。なお、このままいくと獲得議席数は、前回の労働党356、保守党198から全く逆転して保守党350前後、労働党200前後と見ている。第三党の自由民主党は、支持率を大きく落としている。かつては、20%代の支持率を誇っていたが、今や10%代の半ばの支持率であり、前回の獲得議席数62から40議席程度に後退すると見られている。
英国の経済見通しは極めて暗く、ダーリング財相の11月のプリバジェット報告では2009年後半から景気は回復すると主張していたが、回復は2010年に入ると多くが予測している。これから見ると、次期総選挙前の回復は難しいが、もし、景気の回復がそれ以前に始まるようだと、有権者のブラウン政権に対する見方が変わる可能性はある。アメリカの景気回復次第では、状況は一挙に変わる可能性があろう。世界的に金融は大幅に緩和され、景気刺激策には空前の額のお金がつぎ込まれつつあり、一端景気の回復の兆しが見えると、景気が一挙に過熱する可能性がある。この点は、伝統的な景気の見方では判断しきれない。労働党が次期総選挙で惨敗しない唯一の可能性はこの場合である。
最後に、次期総選挙の結果、保守党が過半数を制しない場合のことである。保守党は既にこの可能性を考えて、北アイルランドの最大政党である民主統一党(DUP)との連携を発表している。自由民主党との連立政権の可能性は低く、自由民主党は、労働党との連携で過半数を制することができる場合に、労働党と連携する場合があるのみだろう。
Politics
2008-12-29
ブラウン激動の年(The
Year of Brown’s Upheaval)
英国首相ゴードン・ブラウンにとっては、2008年は、嵐のように過ぎ去った年だった。自分の党、労働党への支持率とブラウン自身への支持率は急激に下がり、保守党の支持率は夏前には労働党に20%以上の差をつけた。所得税の税率を変更したことから、低所得層が実質増税になるという失敗を犯した。6月の地方選挙で労働党は大敗北を喫し、補欠選挙では負け続けた。ブラウンは労働党党首・首相辞任を迫られるのではないかという憶測が強まった。それが10月以降回復し、補欠選挙に勝利し、保守党との支持率の差は5%以内に収まってきた。
ブラウン回復の原因は、世界的な経済危機である。アメリカの政策がうまく機能しない中、ブラウンは、銀行に公的資本を注入し、銀行救済の世界的な先鞭をつけた。ブラウンは世界的な経済刺激策を訴え、先進国の支持をとり付け、世界的な対策を打ち出すことに成功した。2009年の経済の先行きの見通しは暗いが、経済全体を支える基盤である金融機関の生存は確保された。ブラウンは世界の財相と呼ばれるまでとなったのである。
人の運命は、人知では計り知れないものがある。もし、ブラウンが英国内で政治的に窮地に追い詰められていなければ、ブラウンが銀行対策などに大胆な策を打ち出していなかった可能性が高い。ブラウンは2007年秋から始まったノーザンロック銀行の問題で、国有化を半年近く躊躇し続けた人物である。自由民主党のケーブル副党首が早くから国有化しかないと主張していたのにも関わらず、ブラウンは決断できなかった。その同じ人間が、急に大胆な政策を次々に打ち出し、世界的な賞賛を浴びるまでに至った。一方、ブラウンの驕りが消えうせ、急に謙虚な人物となった印象があった。
今の政党支持率から見れば、次期総選挙でブラウン率いる労働党が最大多数を占める可能性はあるが、ブラウンが、もし、次期総選挙で敗れたとしても、ブラウンの今回の世界的金融危機での役割は歴史的に評価されるだろう。さらにブラウンが世界的な場でさらに活躍できる場を与えられるだろう。ブラウンの前任者のトニー・ブレアを含め、首相退任後にその能力を世界的に発揮できる人物を出すことができるのは英国の政治の力であろう。
Politics
2008-12-14
英国とドイツの国益の違い(Britain
and Germany’s interests diverge)
ドイツのペール・シュタインブリュック財務相が、ニューズウィーク誌の取材で、英国のブラウン政権の経済刺激策を酷評した。特に、その刺激策の中心の付加価値税(VAT:消費税)を17.5%から15%に下げたことは、景気刺激にほとんど役に立たないのに、将来への負担が非常に大きく、それによって生じる負債を支払い終わるのに一世代かかると言い、ばかげた政策だと主張した。これには、英国の活発な景気刺激策などと較べると、ドイツの政策の動きが鈍いという批判を受けての発言ではないかと思われる。しかし、ドイツ財相の英国の政策を公の場で批判する発言は外交上、非常に失礼なものである。英国の駐ベルリン大使がドイツ財務省に連絡を取って抗議したが、一方、この発言には、英国とドイツの国益の違いがはっきりと現れている。
ドイツの国の事情は英国とはかなり異なっている。第一に、ドイツの国の債務は、すでにGDPの60%を大きく上回っており、この対策にシュタインブリュック財相は過去3年間取り組んできた。財政を改革し、現在の財政収支は約2790億ドルの黒字になった。そのため、現在の経済状況に対しても、もう少し様子を見て対応しようと考えている。国が借金をしてでも減税や公共投資などにお金をつぎ込むケインジアン的な政策には消極的だ。
第二に、ドイツは、世界一の輸出国であり、その産業と製造業は、英国とフランスのものを併せたものよりも大きい。その代表は自動車産業であり、その関連の仕事には7人に1人がついていると言われる。約60%のドイツの経済生産が輸出に向かっており、そのために、他国が巨額の経済刺激策を実施し、景気が上向けば、ドイツの景気は上向く。国内で所得税や消費税を下げるよりも、他国の景気の回復を待っているほうが効果的だという判断がある。
第三に、ドイツ人の生活は比較的慎ましく、国民や企業には貯蓄する傾向が高い。英国人は、貯蓄よりも消費の傾向が強い。英国人と較べると、ドイツ人のクレジットカードの使用もそう多くはない。自宅の所有率は、英国が70%で、英国人の自宅への執着は有名である。英国では、政府が住宅ローンを扱う銀行などに非常に大きな圧力をかけて利子率の減少を住宅ローンの支払いに反映させるように懸命だ。ドイツでは自宅の所有率は40%と低く、住宅ローンもそう大きな問題ではない。
英国では、現在の国の債務はGDPの40%を少し上回る程度であるが、借金をして減税することや、景気後退のために税収の大幅な減収が見込まれることなどから数年うちに60%近くまで上がる見通しだ。しかし、英国人の消費傾向から判断すると、VATの削減は、消費をかきたてるという点では、それなりの意義がある。
12月12日のブリュッセルのEU首脳会談では、総額2000億ユーロの経済刺激策が合意された。これは、英国、フランス、それにEU委員会のバロッソ委員長が積極的に推進したものだ。ロンドンで開かれた、首脳会談前の準備の会議にはドイツのアンゲラ・マーケル首相は参加しなかったが、これは、上で述べたことに加えて、環境問題に関して、ドイツの自動車産業の国内事情があるためだと思われる。もちろん、EUの最大国であるドイツの動向は重要な意味を持つ。しかし、マーケル首相はブリュッセルでEUの景気刺激策に賛成した。ドイツの国内事情は、今後の景気後退のレベルによって大きく変化しうるし、また、来年9月に予定されている総選挙前の状況によっては変わる可能性がある。しかし、金融危機に始まる世界的な景気後退への対策は国によってかなり温度差があるのはやむをえないことだろう。
Politics
2008-11-26
ブラウン政権の「予算前報告」(Pre
Budget Report)
行きつけの床屋がここ数週間暇だとこぼしていた。「景気が悪くなってきて、みんな仕事を心配している。散髪することなんて今頭にないようだ。それでもクリスマス前10日ぐらいは忙しくなるだろうけど」と言う。次から次に会社の倒産や人員整理の話が出てきている。街の中心街にある大手デパートも売り上げが落ち、マークス&スペンサーは20%引き、デボナムは25%引きの特別セールスを実施した。いずれも売り上げを少しでも上げようと必死である。大手スーパーマーケットでも同様だ。英国の経済見通しは悪く、来年の成長率予測はマイナス0.75%からマイナス1.25%の間だと財相アリスター・ダーリンが11月24日の「予算前報告」で発表した。なお、「予算前報告」と言っても、単に報告するだけではなく、そこでの発表は税の変更など直ちに実施されるものが多い。
国の経済が縮んでいく。これは世界的な問題であり、相乗効果を上げるために国際的に協調し、それぞれの国が経済刺激策を講じている。英国は、銀行支援策から始まり、世界的なリーダー役になっており、英国の動向に注目が集まっている。基本的には、基準金利を引き下げる金融政策と、お金をつぎ込む財政政策の二つを同時に行うという方法だ。金融政策については、イングランド銀行が11月初めに基準金利をそれまでの4.5%から歴史的に大きな下げ幅である1.5%も下げて3%とした。さらに12月にはさらに1%程度下がる見通しであり、来年には、1%もしくはそれ以下になる可能性も指摘されている。
財政政策を巡っては、政府労働党と野党第一党の保守党の間で大きな違いがある。ブラウン政権が、財政政策もできるだけ行うべきであるという立場であるのに対し、保守党は、基本的に金融政策に頼るべきだという考えを取っている。保守党は、政府は財政政策を多額の借金をして行うべきではないという立場だ。しかし、世界の主要国の取っている政策や英国の急激に下降する経済状況を見ると、よほどの対策を講じないと非常に深刻で長期的な景気後退に入る可能性は否定できない。2ヶ月前にダーリン財相が、この経済危機は過去60年間で最悪だ、と発言して大きな批判を浴びたが、その後の経過でこの時の発言が正しかったことが裏付けられた。そういう中、11月26日の首相のクエスチョンタイムでも、ブラウン首相が、保守党のキャメロン党首に対して「毎週、経済の講義をしなければならない」とこぼしたように、保守党のとっている立場は現在の経済状態を反映しておらず、孤立している。
政府の「予算前報告」で発表された財政政策の柱は、VAT(価値付加税)の税率を17.5%から15%に来年の末まで時間を区切って下げることと、年収15万ポンド(2250万円:£1=Y150)を超える所得への税率を現行の40%から45%に上げることだ。2005年の総選挙で労働党は、所得税は上げないと公約していることから、その実施は会計年度の2010年度からとなる。VATの一時的な引き下げがどの程度効果があるか見ものだ。それに2010年度の予定事業のうち30億ポンド(4500億円)を前倒しで投資したり、財政の節約の金額を50億ポンド(7500億円)増やすなども含まれる。結局今回の予算に必要な財源は200億ポンド(3兆円)とかなりの額にのぼる。財政赤字による借金は2009年度で1180億ポンド(17兆7000億円)にのぼる見込みで、GDPの8%に達する。その結果、2013年度では累積赤字がGDPの57%に達する見込みだ。これを保守党は、借金が多くなりすぎると攻撃している。それでもダーリン財相は、2015年度には財政赤字は、投資目的のみに限られると主張している。どういう結果となろうとも、政府は、すべての手を打ち、後で努力が足りなかったとの批判を避けることを狙っているようだ。
Politics
2008-12-07
コブラルームで開かれる国家経済委員会(National
Economic Council in Cobra Room)
内閣の小委員会である国家経済委員会で、金融危機、景気後退への対応を審議している。この委員会は、ブラウン首相が座長で、現在、週に一回、国家非常時に使われるコブラルームで開かれている。コブラルームとは、Cabinet
Office Briefing Room A(Cobra)のことである。ブラウン政権がこの問題にいかに真剣に取り組んでいるかが、この場所の設定でも現れているようだ。ここで、銀行救済策が相談され、また、住宅の差し押さえを緩和するために住宅ローン支払いの最大限2年間猶予も話し合われた。また、銀行による中小企業への融資の促進もそうだ。現在の最大の関心事は、危機に面した企業の救済策だ。かつての労働党が行ったような安易な企業救済策は取らない方針である。しかし、ある程度の企業救済は止むを得ないと考えられている。それでも政府は特定の企業を無制限に支援する考えはなく、一定の制約を設けた、返済前提の融資を検討しているようだ。どのような業種、企業を救済するかは、ビジネス相のマンデルソン卿が案を出していると伝えられる。基本的には、将来につながる企業、新技術や研究開発、環境問題、輸出促進につながるような企業が優先される見通しだ。
Politics
2008-12-05
ニュー労働党の終焉?(The
Demise of New Labour?)
11月24日にダーリン財務相が行ったプリバジェット報告以来、ニュー労働党の時代が終わったという見方がある。これは、ダーリンが「ニュー労働党」を謳った先のブレア政権の政策の幾つかを転換したからだ。ニュー労働党の政策は、過去の労働党の失敗を繰り返さないために主張されたもので、(1)借金は投資のために行う、(2)所得税を上げない、というものであった。ダーリン報告では、現在の金融危機、景気後退の局面を迎え、これらの政策を変えて、(1)投資目的でない借金をし、(2)高額所得者の最高税率を40%から45%に上げることを発表した。これらを取り上げて、ニュー労働党は終わったと主張し、ブラウン政権は「過去の労働党」に戻ったというレッテルを貼ろうとする人たちがかなりいる。保守党がそれを繰り返し主張し、タイムズ紙は社説でニュー労働党の死亡記事を載せた。しかし、この見解は正しくない。時代が変わった上、労働党もすでに大きく変わっているからだ。
借金のルールは、財政の規律を保ち、特に労働党左派などからの無制限な要求を抑えるために打ち出され、所得税を上げないという政策は、総選挙に勝つために打ち出された。中流階級の票を狙ったもので、かつての労働党の「比較的裕福な人の所得税を上げて、そうでない人のために使う」財政をしないと約束したものだった。つまり、それまでの労働党への不信を払拭する目的があったのである。しかし、今回のダーリン報告はその背景が大きく異なっている。世界的な同時金融危機、世界的な景気後退の中で、英国政府は、世界的な視野で経済刺激策を打ち出さざるを得ず、そのための緊急避難的な政策である。このような政策は、アメリカ、EUをはじめ、先進各国で打ち出されている。これは、前例のない、金利を大幅に下げる世界的な同時金融緩和と、通常では想像できなかったような大幅な財政出動のコンビネーションである。しかも、先進国はそれぞれの銀行を無制限に保証するという動きに出ている。こういう中で、もし、ブラウン政権がそれまでの借金のルールにこだわっていたり、民間企業に基本的に干渉しないという態度を取っていれば、それは逆におかしいであろう。また、景気刺激のためにVAT(価値付加税)を下げるのに、高額所得者の所得税率をそのままにしていては、逆におかしいであろう。この所得税率のアップは、政府が、現在の緊急事態が終わったあと、財政を元に戻すという意思を明確に示したものでもあった。
また、過去の労働党政府は、企業の国有化を行い、また、危機に陥った、回復の見込みの少ない企業、例えば自動車会社ブリティッシュ・レイランドなどを救うという傾向があった。こういうことを簡単に実施せず、それぞれのヤル気を掻き立てることと、公平であることがニュー労働党の立場である。そのために昨年、取り付け騒ぎのあったノーザンロック銀行の国有化問題でもブラウン政権はその国有化を躊躇した。しかし、ノーザンロックの国有化は、状況から判断すると正しいものであったように思われる。また、現在のビジネス大臣は、現在ブラウン首相に最も近い人物の1人であり、ニュー労働党を打ち立てた中心人物の一人のマンデルソン卿である。10月まで欧州連合(EU)の貿易担当コミッショナーであり、政府の介入をなるべく少なくする「自由貿易主義」を取る人物である。そのため、今回の金融危機と経済後退の中で苦しむ企業の支援にも非常に慎重である。もちろん、EUでは国の企業支援に制限が設けられているが、その上、マンデルソン卿の立場は、市場の価値を認めながらも「企業が成功し、国際的に競争できるための完全な条件を市場が出せるとは限らない」というもので、企業保護のために政府の介入の余地を認めながらも、過去の労働党政府が取ったような政策は取らないだろう。
その上、女王陛下のスピーチでも発表されたが、政府は、いわゆる弱者に対する給付金の体系を大きく変える予定だ。つまり、自ら努力するのではなく、政府からの給付に頼っている人たちをなるべく少なくしていく動きだ。これは、公平の考え方を重んじるニュー労働党の考え方に沿う動きでもある。
結論としては、ニュー労働党が終焉したのではなく、ニュー労働党の精神は今でも存在するが、その精神を現在の環境の中でいかに適応していくかが問われている状況だと言える。
Politics
2008-12-04
不明確な英国の国会議員特権(Unspecified
Parliamentary Privileges)
11月27日、野党第一党保守党の移民担当の影の内閣のメンバー、ダミアン・グリーンが、ロンドン警視庁に逮捕された。これは、内務省公務員に情報の漏洩を唆した嫌疑に関するものであり、グリーンの議会内の事務所などが捜索され、コンピュータなどが押収された。この件で英国の下院は大きな騒ぎになっている。国会議員の特権の内容の詳細を下院議長を始め、多くの下院議員が知らなかったことがこの騒ぎを大きくした原因だと思われるが、これは、「不文法」を取る英国の典型的な問題だと思われる。
日本のように憲法や法律で具体的に国会議員の特権が定められている「成文法」の国とは異なり、英国では一つの法典にまとめず、過去の法令や前例、慣習に頼る不文法を取っている。そのため、こういう問題が起きるたびごとに、過去の例に戻る必要がある。1689年の権利章典で議会の中での言論の自由が保障されているとか、1815年に刑務所から逃げ出した上院議員が国会の議席に座っているのを警察が逮捕した例があるなどといった過去の事例を参照することになる。
つまり、特定の専門家はこういう事例を知っていたとしても、国会議員はそれらを知らないことが多い。基本的に国会議員の特権は、議会内での発言を問われないこと、さらに議会内での自主管轄権を持つことである。多くの国会議員は、それを延長し、警察が国会内に入り、事務所を捜索するのは国会議員の特権に反する非民主的な行為だと主張した。しかも、警察が情報の漏洩問題で議員を逮捕するのは、国会議員の国政を吟味する立場をわきまえず、行き過ぎだと批判したのである。
真相は、以下のようだ。情報を漏洩した公務員が警察に逮捕された後、警察が議員を逮捕し、その事務所を捜索する必要があると判断したことに始まる。警察は、逮捕と事務所捜索をした前日、下院のセキュリティなどを担当する守衛官に会い、その行動について説明をした。翌日にその守衛官から捜索等の合意書を受取り、予定の行動に出た。議会の開会中ではない。警察が議員逮捕する必要があったかどうかはさておき、警察の手続き上、何ら問題はないように見える。議長は、守衛官から簡単な説明を受けていたようだが、詳細は知らされていなかった。日本なら、そういう話を受けた途端に、警察の行動は議員の特権の問題に触れるかどうか議長や国会議員のだれもが訊くだろうが、この問題が起きた英国ではそうではなかった。議長は、守衛官からの話を聞き流し、守衛官は令状なしに警察の捜査を受け容れた。結局、不文法の弱点がこの問題で描き出されたように感じられる。
Politics
2008-11-30
官僚トップの年収(Cabinet
Secretary’s Salary)
英国の官僚のトップは、内閣秘書官(Cabinet Secretary)と呼ばれる。この仕事は首相を補佐し、内閣を補佐し、それに政府全体を補佐する。それに国内行政の長として、国家公務員全体(Civil
Servants)を総括する責任も持つ。内閣の会議では、首相の隣に座る。
内閣秘書官の年収は£255,000(3,825万円:£1=Y150)であり、首相の年収£190,000(2850万円)よりも多い。現在の内閣秘書官は、ガス・オードンネル卿であり、グラスゴー大学で経済学を講師として教えた後、政府に入った人物である。
Politics
2008-11-23
アラスター・キャンベルのうつ病(Alastair
Campbell’s depression)
英国では、20人に1人が神経衰弱にかかると言われる。政治家の5人に1人には何らかの精神障害があると言われる。政治に関連した仕事、特に最前線で働く人には特にその傾向が強いようだ。トニー・ブレア前首相の下で広報戦略部長を1997年から2003年まで務めたアラスター・キャンベルは、記者につらくあたるので有名だった。Fワードを多発し、その口の悪さでは定評があった。キャンベルの神経衰弱の過去はよく知られていたが、キャンベルにはタフガイのイメージがあった。しかし、ベストセラーになったキャンベルの日記の中では、キャンベルがよく泣いているので多くの人が驚いた。これには、うつ病の傾向が出ているのかもしれないと本人は言っている。キャンベルは、ブレア政府のスペシャルアドバイザーで、ブレアの主席補佐官のジョナサン・ポール(Powellであるが、Poleと発音する)とともにブレア政権で官僚に指示する権力が与えられた二人のうちの一人である。ブレアのキャンベルへの信頼は非常に大きく、キャンベルはもっと早くその地位から退きたい希望を持っていたが、ブレアがそれを許さなかった。ゴードン・ブラウン現首相が自分の支持率が大きく下がった時、それに対処するためにキャンベルに自分の政権に帰って来て欲しいと懇願した。キャンベルはそれを断ったが、現在でもブラウンにアドバイスを与えていると伝えられる。
1957年生まれのキャンベルは、1994年にブレアが労働党の党首選に勝った直後、ブレアの広報担当の秘書となった。それまでは、デイリーメイル紙などの政治部長などの職を歴任していた。ブレアがキャンベルに自分の下で働くよう話をした際に、キャンベルは過去にアルコールに関連して神経衰弱にかかった経験があることを話した。それは、記者としてデイリーメール紙にいた1986年のことで、仕事の重圧とアルコールの飲みすぎなどが原因で、キャンベルは重度の神経衰弱になった。幻覚症状が出た。当時の労働党党首ニール・キノックらとスコットランドに飛んだ際、前日にホテルに泊まったが、朝起きて、ホテルのミニバーを叩き壊したという。飛行機に乗って、スコットランドに着いた後、自動車を運転したが、ランドアバウト(日本と同じ左側通行の英国の道路の交差点で信号を設けず、道路の中央を盛り上げ、右側から来た車優先とした仕組み)を何度も何度もぐるぐる回り、交通を妨害し、その結果、警察署に連れて行かれた。病院に入院することでやっと放免されたが、その病院で会った精神分析医にアルコールに関連した神経衰弱と診断され、自分が神経衰弱であることを知ったという。その後、回復するのに多くの時間がかかった。アルコールを止め、マラソンランニングを始め、今でもそれらは続いている。後に、その時の経験がなければ、ブレア政権で、10年近くも非常に大きな重圧の中で仕事ができなかっただろうと言うが、ブレアの広報戦略部長を退いた後、うつ病にかかったと言われる。それ以来、時に、うつ病などの服薬をしているようだ。キャンベルは、うつ病などの理解を求める活動に協力する中で、これらのことを自ら話している。
今では、ジャーナリストや英国で人気のあるアフターディナースピーカーとして活躍している。アフターディナースピーカーでは、一回のスピーチが1万ポンドから2万5千ポンドのAリストに入っている。ケンブリッジ大学でフランス語などを勉強した人物だが、小説を書き始め、10月に最初の小説が発売された。そのキャンベルの信条は、「もし、お金と評判が両立しない場合には、評判をとる」ことである。
Politics
2008-11-19
的外れな保守党の経済財政政策(Tory’s
Economic Incompetence)
いったい保守党はどうしたのだろうか?保守党はブラウン労働党政権の経済並びに財政政策についてさまざまな発言を繰り返しているが、いずれも効果的なものだとはいえない。最も新しいものは、11月18日のキャメロン党首による「保守党は、労働党の2010-11年度の財政予算を踏襲しない」というものである。保守党は、それまで、労働党からの「保守党は国民サービスを削減する政党だ」との言いがかりを避けるために、労働党の財政予算を踏襲すると言ってきた。つまり、国民医療や教育など国民に関心のある予算を削減しないと言ってきたのである。しかし、ブラウン政権が、現在の金融危機対策として借金をし、大幅な財政出動や減税などの政策を来週月曜日に打ち出すことから、そういう借金は既に多くの借金を抱えている英国にとっては無謀だと主張して、そういうブラウン政権の財政予算は引き継がないと主張した。保守党は、次期政権を担うものとして責任ある財政運営が必要だと言うのである。保守党のこの判断は、保守党の支持者の多くに歓迎されている。もともと減税政党の保守党が、労働党の予算を一時的にでも踏襲するのは誤りだと考えていた。これで、減税の土台ができたと考える支持者が多い。一方、政治コメンテーターは、これで労働党とはっきりと異なる政策が出てきたと歓迎している。
問題は、保守党が主張していることは、平時には誰にもよくわかる議論であろうが、この金融非常時に主張して効果があるかどうかである。アメリカは、この非常時にあたって国の借金を大幅に拡張し、GDPの80%までに至ると言われる。それでもそれは世界一の経済を持つ国として特に問題視されていない。英国は、世界第4位の経済を持つが、国のサイズははるかに小さく、もちろん英国の借金の増加は、はるかに厳しく見られる。IMFは、先進国は、GDPの2%をそれぞれの経済刺激策に使うべきだと言ったが、英国はそれを多すぎると判断している。ブラウン政権が来週発表する政策は、それらのバランスをはかったものとなることは間違いない。それを保守党が出る前から無謀だと決め付け、今回の発表となった。保守党は、借金を増やさず、必要な財源は無駄をなくす、政府の効率化を図る中で生み出すと主張しているが、これは「言うは易く、行なうは難し」だ。
保守党にとって深刻な問題は、現在の金融危機の対策として、何ら効果的な政策を提言していないことだ。保守党の主張しているのは、ブラウン首相や労働党政権の過去の政策への批判が中心である。確かに今までブラウンが財務相、首相の地位を通じて多くの借金を重ねてきたのは事実だ。しかし、現在のブラウン首相の国際的にダイナミックな活動を重ねる中、保守党の主張は埋没している。現在の金融危機がどの程度さらに深刻化するか、どのくらいの期間続くかは予測できないが、経済が大幅に縮小して景気後退の局面に入り、インフレ率がマイナスになり、デフレになろうかという非常時に、保守党の「責任ある財政」にしがみつく態度は時代にそぐわないと思われる。自由民主党は、こういう時に、数年も先の財政のことにこだわっている保守党は「気が狂っている」と主張する。保守党は、その政策に理論的な整合性があるかどうかに重点を置くよりも、もっとダイナミックな政策を打ち出す必要がある。保守党のキャメロン党首、オズボーン影の財務相の経験のなさ、確信や自信のなさがこの面で出ているように思われる。こういうリーダーたちが、政府の無駄をなくす、効率化を図ると主張しても、実際にそれができるかどうか疑問だ。できたとしてもそれには時間がかかるだろうが、それまでどうするかが課題だ。ワシントンで開かれたG20の会議に出席した後、ブラウン首相が11月17日に下院でその結果を報告したが、その後のキャメロン党首との質疑応答で、ブラウン首相は、キャメロンとオズボーンを「現在の世界経済で起きていることが分かっていない」と決め付けた。その時のキャメロンとオズボーンは、悪戯っ子が、その悪さを叱られているような顔をしていた。1997年の総選挙で勝利したブレアとブラウンの労働党コンビは、こういう厳しい局面を経ることがなかった。その点では、キャメロンとオズボーンに同情するが、現在のような中途半端な政策を続けていくと、英国のビジネス界や有権者の支持を失う可能性がある。11月14日から16日の間に行われ、11月18日発表のIPS/Moriの世論調査では、保守党の支持率は40%、労働党は37%とその差はわずか3%に縮まった。しばらく前にはその差は20%台であり、ブラウン首相の交代論が労働党内で強かったことを考えると状況は大きく変わった。政治は、その時々の環境に応じて動いていく必要があるが、保守党は、その経済財政政策の弱さを露呈しているようだ。
Politics
2008-11-16
問われるオズボーンの政治判断(Osborne’s
desperate attempts backfired)
保守党の影の財務相ジョージ・オズボーンへの政治的な圧力が高まっている。オズボーンを他の有力者と交代させるべきだという声が保守党の中からも出てきているからだ。ロシアの大金持ちオレグ・デリパスカとの関係でオズボーンへの信頼は地に落ちてきた(11月8日の記事参照)上、打ち出す政策が次々に不発に終わり、しかも、世界的な金融危機の中で、保守党の政策は、現実離れしている。例えば、11月10日に保守党党首のデービッド・キャメロンが鳴り物入りで発表した政策は、企業が失業者を雇えば、一人当たり2500ポンドの国民保険を免除するというものであった。この政策は、企業の雇用意欲を高める目的があり、しかも、政府の財政負担が過重にならないようにしたものであったが、金融危機で多くの企業が人員減らしを発表し続けている中、どれだけ多くの企業が現在の失業者を雇いたいと考えているか疑問である。率直に言って、この政策は、平時には有効かもしれないが、今の状況では、とても有効な政策とはいえない。
オズボーンは、しかも政府の支出は、単なる借金ではなく、きちんとした財源の裏づけが必要だと主張し続けている。しかし、現在のような非常時には、平時のルールは当てはまらない。問題は、オズボーンの提唱している、きちんとした財源の裏づけのある財政政策を取らねばならないという枠組みに保守党が閉じ込められてしまっている点だ。確かにこの枠組みは、現在のブラウン労働党政権とはっきりと異なった政策だ。その点では成功しているといえる。しかし、このために、借金の将来の付け払いの問題はともかく、ブラウン政権の政策がかなりダイナミックに見えるのに対し、保守党の政策が、素人的で、細かな政策に見えることだ。オズボーンの経済知識の欠如と経験不足が出ていると批判される所以である。
こういう中で、オズボーンが、11月15日付のタイムズ紙のインタヴューの中で、ブラウン労働党政権が国の借金を重ねると、英国の通貨ポンドが危機になると発言した。つまり、英国が投資家の信用を失い、ポンドがさらに大幅に売られ、その価値が激減する可能性に言及したのである。ポンドは、数ヶ月前と較べると、その価値が大きく下落しており、特にアメリカのドルと欧州のユーロに対して価値が25%以上下落している。日本円に対しては特に大きく、今年のはじめには1ポンド210円程度で推移していたものが、今では、140円から150円程度となっている(日本からの英国への旅行者や英国から輸入されたものを購入する人には今がいい時期である)。しかし、オズボーンにとっては、これは失言と言えるだろう。その後、保守党が出した声明では、ポンドの危機についてはトーンダウンした。
オズボーンがこの問題に言及したことは、オズボーンが追い詰められてきていることを表しているように思われる。実際、ポンドの価値の下落は今年夏前から英国から海外に旅行する人の誰もが感じていたことである。この問題を提起すること自体、不思議でもなんでもない。しかし、出し方が問題だ。ブラウンがその金融機関対策で世界的な賞賛を受け、ワシントンのG20の会議でも中心的な役割を果たす中、世論調査で保守党と労働党との支持率の差が大きく縮まっている。影の財務相としてオズボーンが、具体的に有効な政策がなかなか打ち出せない中、自分の評価が落ち、あせっていることがその背景にあるのではないだろうか。オズボーンは今のような時こそ、後で修正しなければならないような発言をするよりも、きちんとした政治判断能力を示す必要があると思われる。
ブラウンへの賞賛(Unexpected
praise on Gordon Brown)
2008年のノーベル経済学賞の受賞者でプリンストン大学教授のポール・クルーグマンが英国首相ゴードン・ブラウンを賞賛している。11月14日の英国の公共放送BBCラジオのインタビューで、クルーグマン教授は、ブラウンをAmazingとかAwesomeという言葉を使って「素晴らしい」と讃えている。クルーグマン教授は、「(ブラウンは)もし、首相の仕事がうまくいかなければ、かなり優れた学者になれる」とも言っている。このインタヴューは、11月13日の夜、ワシントンで開かれるG20の首脳会談に出席するブラウンがニューヨークでクルーグマン教授をはじめとする6人の一流の経済学者と会った後に行われた。
ブラウンは、国際的に「世界の財相」と言われ始めている。これは、ブラウンの金融機関への公的資金投入政策を、有効な政策として、アメリカをはじめ、世界の主要国が採用したからだ。
クルーグマン教授は、10月13日にニューヨークタイムズ紙で、「ブラウンが世界を救う」可能性に言及している。クルーグマン教授は、ブラウン政権は現在の問題の根本問題をはっきりと捉え、それへの対策をすばやく打ち出したと言う。クルーグマン教授の議論は明解であるので簡単に紹介しておきたい。
アメリカの住宅バブルがはじけ、住宅ローンで住宅を購入した人たちが大きな損失を被った。そのため、金融機関の負債が増え、資本が減少し、経済に必要な信用を供給することができなくなった。そこで、これらの金融機関はその負債を弁済し、金融機関自体の資本を増加させるために、資産を売ろうとした。しかし、そのために資産の価格が減少し、資産に裏付けられたそれぞれの資本がさらに減少するという結果を招いた。そしてパニックとなった。
金融機関の資本の減少が基本的な問題であるから、政府が、それぞれの金融機関に必要な資本を提供し、その代わりにそれぞれの金融機関の部分所有権を持つ、つまり、部分国有化を実施するというのが対応策である。さらにブラウン政権は、銀行間の貸し借りが極めて小さくなっていたために、銀行間の負債を保証するという方針を打ち出した。これらの政策を計画発表から実際の運用まで、数日間で成し遂げた。
クルーグマン教授も、実際にこの政策が効くかどうかはわからないというが、今のような羅針盤のない経済状況の中では、ブラウンの大胆な策は世界的に注目されている。
Politics
2008-11-09
ブラウンの賭け(Brown’s
Gamble)
英国首相ブラウンは自分の妻セーラも政治活動に投入し、総力戦に入っている。11月6日投票のスコットランドのグレンロセスの補欠選挙では予想を裏切って労働党が勝利したが、その陰にあった、ブラウンの妻セーラの努力も見逃せない。この補欠選挙の選挙区はブラウンの選挙区の隣であったということもあるが、セーラはこまめに足を運び、ドアをノックして歩いた。セーラの訪れた家の数は数千軒に上るという。なお、英国では個別訪問は許されている。
ブラウンと2000年に結婚して以来、セーラは政治の表舞台に出ることを避けてきた。しかし、ブラウンの支持率が急激に下がり、労働党内のブラウンへの謀反が現実化してくると、セーラはこれではいけないと思ったようだ。2008年9月末の労働党大会で、セーラは、基調演説をするブラウンの紹介役を買って出た。当時、この党大会でブラウンの運命が決まるかもしれないという見方もあった。追い詰められていたためだろう、ブラウンはセーラに許可を与えた。セーラはかつて広報関係の会社を経営しており、党大会のような大舞台で仕事のできる能力がある。それでもこの役割には誰もが驚いた。党大会場は、セーラが出てきた時から熱気が噴出した。最初、セーラは少し緊張しているように見えた。それが新鮮な印象を与えた。セーラが「毎日、国中の人々のためになる仕事をしようと意欲を持っている夫を見ることを誇りに思う」と言うと会場から大きな拍手が沸きあがった。ブラウンが出てきた時には、会場はみんな立ち上がり、大歓声で迎えた。ブラウンは明らかに胸を打たれたようで「セーラの夫であることを誇りに思う」と言った。ブラウンのスピーチは高く評価された。セーラの役割は大成功だった。それがグレンロセスでも続いた。
ブラウンは、その妻セーラの政治活動への投入をはじめ、10月初めの内閣改造で、労働党内外から批判が多い、比較的最近まで宿敵とも言えたピーター・マンデルソンを呼び戻すなど総力戦に転じているようだ。これらは、ブラウンの賭けと言える。今までのところ、その賭けはプラスに向かっている。ブラウン内閣でのマンデルソンの存在は、デービッド・ミリバンド外相をはじめ、謀反の可能性のある人たちを封じ込める役割も果たすだろう。誰もがマンデルソンを敵にするのを恐れるからだ。しかし、いかにマンデルソンでも、その言うことが常に100%正しいと言うことはなく、物事がうまくいかなくなった時にブラウンとの関係が問題になる可能性がある。
ブラウンは、現在の金融危機を自分に有利に使っているが、今後、どこまで経済危機が深刻化するかによってブラウンの運命は決まるだろう。ブラウンは次の総選挙まで、総力戦だ。ブラウンの賭けが実を結ぶかどうか見ものである。
2008-11-08-3
保守党の恐怖(Tory’s
downturn)
保守党が浮き足立っている。いくつか列挙してみよう。まず、党首キャメロンの11月5日の首相のクエスチョン・タイムの発言では、自分をアメリカの大統領選挙で勝ったバラック・オバマと結びつけ、「チェンジ」という言葉を使って、自分を英国の希望の星だという印象を与えようとしたが、不発に終わった。逆に保守党は毎週のようにその気持ちを変えている(チェンジ)とブラウンにけなされた。
11月6日のグレンロセスでの補欠選挙では、保守党の地盤の弱いスコットランドでの選挙であったが、2005年の総選挙で2600票余り取ったのに対して、今回は、1400票足らずと票を減らし、供託金没収の憂き目にあった。インタヴューされたキャメロンは、2005年の総選挙では自由民主党に続いて第4位であったが、今回は自由民主党を抜いて3位になったことを強調し、また、スコットランドの独立を謳うスコットランド国民党が敗れたことはいい結果だったと主張した。しかし、保守党の支持がここでは減少している。
先にロシアの大金持ちに保守党への政治献金を持ちかけた疑惑問題でマスコミに叩かれた影の財務相ジョージ・オズボーンの人気が保守党の支持者の中で急落している。コンサーバティブホームという保守党の草の根活動家のウェブサイトで行ったオンライン調査によると、70%の支持率を誇ったオズボーンが今やその支持率たったの2%だという。
オズボーンの政治献金疑惑の間接的な効果は、オズボーンや党首キャメロンが大金持ちであることが浮き彫りになった点だ。二人とも、オックスフォード大学の出身であるが、大学時代に大金持ちしか入れないクラブに所属していたことが改めて報道された。このクラブでは、ユニフォームをそろえるだけで3000ポンド(60万円:£1=Y200)必要だと言われる。つまり、二人とも国民の気持ちが分かると言いながら、実は普通の人からはかけ離れているということがマスコミで繰り返し報道された。今まで保守党はこの手の報道は極力避けたいと努力していた。
保守党の中で、金融危機でブラウン首相が脚光を浴びているのに、キャメロンが効果的な発言や行動ができず、心配する声が広がってきている。マンデルソン効果と相俟って、保守党の恐怖が次第に顕在化してきているようだ。
Politics
2008-11-08-2
マンデルソンの役割(Mandelson Effects)
11月6日のグレンロセスの下院議員の補欠選挙で、与党労働党が予想を裏切って勝利を勝ち取った。これは、労働党の支持率が野党第一党の保守党に20%以上の差をつけられ、次期総選挙で労働党が地すべり的大敗を喫するのを防ぐために、ブラウンが今にも首相・党首辞職を迫られるという政治環境から脱したことを示している。ブラウンは、金融危機をバネにその支持を回復しつつある。
ブラウンの回復の原因は、10月初めに、EU委員からブラウン内閣のビジネス相についたピーター・マンデルソンによるところが大きいと思われる。そのイメージからマスコミの標的になりやすく、しかも労働党の半分はマンデルソンを嫌っていると言われるが、マンデルソンの政治家としての能力は非常に高い。マンデルソンが内閣に初めて出席した時、その幅の広く、豊富な知識と判断力に畏敬の念を抱いた閣僚がいたと言われる。しかもマンデルソンの先を読む力、有権者の反応を読む力は卓越している。こういう人が実はブラウンには必要だった。ブラウンの前任者のトニー・ブレアは、即座に判断を下すことができる人物だったが、ブラウンは理詰めで考えるタイプだ。そのために、ブラウンは物事の決断に非常に時間がかかった。その結果、ブラウンの決断を待つために物事が停滞した。しかもブラウンは、些細な問題にまで首を突っ込み、自分の仕事量を自分で増やしていた。これではいくら働いてもなかなか埒があかない。このことがブラウンのリーダーシップ能力を疑う根拠となっていた。
これは恐らく次のような状況だったと思われる。情報は次から次に提供されるが、その情報には判断するために必要な決定的なキー情報が欠けていた。つまり、それぞれの判断がどういう政治的な結果を生むかという情報だ。これには、ブラウン自身、政治ステラテジストとして自信を持っており、政治戦略を考えたり、話したりするのが好きな上、ブラウン政権では、先のブレア政権と異なり、ブラウンの一頭支配体制になっているため、ブラウンにはっきりと権威を持ってモノを言える人がいなかったことがある。これがマンデルソンの復帰で、状況が変わった。つまり、マンデルソンがそれぞれの問題に対して、自分が分析し、その政治的な結果も予想してブラウンが決断しやすい環境を作っているのではないかと思われる。例えば、いくつかの選択肢を提示して、こういう決断をすれば、こうなると示すという具合だ。そのためだろう、ブラウンの決断が早く、決定的になったといわれる。
ブラウンは、このマンデルソンのアドバイスを絶えず受けているようだ。閣僚や産業人などと会っていても、マンデルソンから電話があると、それに出て、30分から40分帰ってこないという状況もあるようだ。ブラウンがマンデルソンと話し込むことも多いという。閣議で出された話でも、マンデルソンが事前にブラウンとその問題について話し合っているのではないかという印象を与えることがあるという。
ブラウン政権の銀行救済策、石油の価格が下がったのを受けガソリンなどの値下げを迫る動き、中東湾岸諸国に飛び、石油価格の安定やソブリンファンドを各国の救済策に使うよう働きかける動き、利子率(公定歩合)が下がったのを受けて、それを銀行に迫って利子を下げさせる動きなどは、いずれも英国の有権者から歓迎されているが、これらの後ろにはマンデルソンのアドバイスがあるのではないかと思われる。
しかも11月5日の首相のクエスチョン・タイムでは、保守党党首デービッド・キャメロンの発言を完全に読んでおり、キャメロンの発言に対して、非常に効果的な反論や批判を準備していた。キャメロンの発言は宙に浮いて、上滑りな発言となり、キャメロンの浅薄な印象が浮き彫りにされた格好だ。これにもマンデルソンの「手」が入っているのではないかと思われる。
何もかもマンデルソンのせいではないだろうが、そういう印象を与えることは、保守党を怖がらせる効果がある。そのため、保守党は失策を重ね、自ら墓穴を掘るかもしれない。ブラウンの失地回復は「マンデルソン効果」を背景にさらに進む可能性が高い。
Politics
2008-11-08
予想外の補欠選挙結果(Unexpected result in a by-election)
予想を大きくくつがえし、2008年11月6日に行われた下院議員補欠選挙で、与党労働党の候補者が大差で当選した。労働党は、このスコットランドのグレンロセス選挙区で、スコットランド国民党(SNP)に敗れるのは間違いないと見られていた。これは、11年余り政権を率いてきた労働党政府への不信とブラウン首相への支持の大幅な低下を反映してである。その前の今年7月に行われた、同じくスコットランドのグラスゴー・イーストの補欠選挙ではSNPの候補者が労働党の候補者を破って当選した。2005年の総選挙では労働党の18000票近い投票に対し、SNPはわずか5000票余りしか得票していなかったのに、それをくつがえしたのである。本来、グレンロセスの補欠選挙をこの日に行うことにしたのは、11月4日のアメリカの大統領選挙の直後で、労働党が選挙に敗れても、大統領選挙の結果報道に隠れるだろう、という理由が背後にあったと伝えられる。
グレンロセスの選挙当日に、タイムズ紙のスコットランド部部長が記事を書いて、労働党並びにSNP両党のストラテジストがSNPの候補者が勝つと言ったと主張して労働党敗北の記事をタイムズ紙のインターネット版で流した。これはまだ投票時間中のことであった。ところが蓋を開けてみると、予想を裏切って、労働党の候補者が、次点のSNPの候補者に7000票近い差をつけて当選した。通常、政権政党は、補欠選挙に弱い。投票率も大きく下がる。グレンロセスの場合、2005年の総選挙では、労働党候補者が約19400票獲得していたが、投票率がやや下がったのにもかかわらず、得票を約500票伸ばし、得票率を約3%上げて、55%とした。
この予想外の労働党の勝利には、さまざまな要因が考えられる。ブラウン首相の隣の選挙区であること(ただし、昨年のスコットランド議会議員選挙ではこの選挙区からSNPが当選している)、スコットランドの特殊な事情や、選挙戦の戦い方、さらには、選挙当日に英国の中央銀行のイングランド銀行が利子率(公定歩合)を1.5%下げ、3%にしたという要素もあった。しかし、一番大きな原因は、国際的にも評価の高い、金融危機へのブラウン首相の対応である。わずか一回のスコットランドの補欠選挙の結果で早急な結論は出せないが、ブラウンへの信用回復が進んでいることがはっきりと示されている。
Politics
2008-11-01
アドニス卿の教育にかける熱意(Lord Adonis’s Enthusiasm for Education)
アドニス卿の教育にかける熱意には胸を打たれるものがある。この10月の内閣改造にあたって、アドニス卿は、それまでの学校担当の政務次官から運輸省の鉄道担当の副大臣となった。政務次官から副大臣への昇任であり、1万ポンド余り年収が上がるが、そのニュースを聞いた保守党の影の教育相は、ブラウン首相の腹心である子供教育相のエド・ボールズが、アドニス卿を追い出したと発言した。アドニス卿とボールズ子供教育相の間がしっくりいっていないという噂があったからだ。保守党は、アドニス卿が推進していたアカデミーと呼ばれる中等学校改革事業を非常に高く評価しており、保守党が政権に就いた時には、アドニス卿に前の学校担当の仕事についてもらいたいと言ったほどである。これには、アドニス卿は、「自分は労働党の男なので」と断っている。
オックスフォード大学の学者からジャーナリストに転進し、ジャーナリストとして評価が急上昇していたアドニスは、1998年10月にブレアの首相官邸の政策部に教育政策担当として入った。2001年には、政策部部長となり、ブレア政権の政策に大きな影響を与える。ブレアの側近の「疲れを知らない急進派」として次々に新政策、特に利用者の選択を促し、そのために選択肢の多様性を打ち出したことは、従来の労働党の考え方に反し、大きな反発をかった。これは例えば、労働党がそれまで均一の形態の公立学校を支持してきたのに対し、それぞれの学校の自主的運営を促し、それぞれ独特な専門性を持つよう打ち出したりしたことである。これには、地方自治団体の学校管理から学校を解放することも含まれ、地方自治体ならず、労働党左派の下院議員らも強く反対した。労働党が2005年の総選挙に勝利した後、ブレア首相は、アドニスを教育省のナンバー2の副大臣に任命しようとしたが、左派の支持を受けたブラウン蔵相がその任命に反対したため、ブレアはやむなくアドニスを政務次官に任命した経緯がある。その際、政府内の職に就くためにアドニス卿は上院議員(貴族院)に任命された。アドニス卿は、ブラウン政権になれば、政府から追い出されると考えられていた。しかし、ブラウンが首相になる直前に考えを変え、アドニスはブラウン政権下でもその職を継続したいきさつがある。
ブレアが2007年6月に首相の座を退いた時には、労働党政権は1997年に政権についた時には、想像できなかったような変化を遂げていた。特に教育に関して言えば、大学の年間3000ポンドまでの授業料の導入、中等学校のスペシャリスト学校化、それに都市部の貧困地帯の学校の低いレベルを向上させるためのアカデミー化など、従来の労働党の考え方を大きく変えた考えから生まれてきている。これらの政策を背後で推進したのはアドニスだった。大学授業料のアップは、公約違反であり、大学での高等教育をすべての希望者に平等に可能にする考え方を持つ労働党内に反対する意見が非常に強かった。もし、2004年の下院での採決で政府側が敗れればブレアの首相辞職につながると思われたが、ブレアは考えを変えず、政府側の必死の多数派工作で最後の最後にわずか数票の差で可決された。
また、民間の資本を入れ、民間に学校運営の主導権を与えたアカデミーは、労働党内に大きな議論を巻き起こした。都市部貧困地帯の水準の低い学校を変身させるために、一校あたり民間から200万ポンドのスポンサーシップを得て、政府が約2000万ポンドをつぎ込み、新しい校舎を建てるが、民間の学校運営方針を持ちこむ。これを可能にする法律の制定にあたっては、政策マン出身であるアドニス卿が議会対策をどこまでやれるか疑われながらも自ら積極的に働きかけ議会を通過させた。民間は学校を失敗させたくないから努力して水準を上げようとするという読みは当たっている。アカデミーへの入学希望者は大きく定員を超え、その学校数は、急速に増えている。現在、83校が開校しており、2010年までに200校を目指している。目標は400校である。これらの学校の開校式には保守党のデービッド・キャメロン党首も出席している。この政策が成功しているだけに、アドニス卿が、運輸省の副大臣に任命された時には多くが驚いた。しかし、今でもアドニス卿は教育に強い情熱を持っている。
アドニス卿がなぜ、教育にそれほどまでの熱意を持っているのか?それは、アドニス卿の生まれ育ちから来ている。1963年2月生まれのアドニス卿は、ロンドンのカムデンの公営アパートで生まれた。父は、ギリシャ系のキプロス人の元ウェイターである。3歳の時にイングランド人の母が家から出て行き、それ以来、地方自治体の養護施設で育った。11歳の時に、当時、多くの地方自治体が設けていた、優秀な子供を私立学校に送る制度の適用を受け、寄宿学校で学んだ。そしてオックスフォード大学に進み、博士号を取得した。この背景から、優れた教育の効果を肌身に知っている。優れた教育をできるだけ多くの人に提供しようという熱意だ。旧来のシステムを変えるにはこういう人が必要だと思う。
Politics
2008-10-28
タイムズ紙の不確かな記事(The Times
misleading report on Mandelson)
タイムズ紙には物事を大げさに言ったり、時には個人攻撃に走ったり、かなり偏向した見解を載せることがある。これはタイムズ紙の大衆紙サン化だと思われるが、同じ親会社を持つ弱みであろうか?
タイムズ紙の10月27日の第3面の記事にはその傾向が見られる。記事のタイトルは「EUは言う『マンデルソンは日記を公表すべきだ』」である。この記事を読むと、記事の最初にEUの高官はマンデルソンがオレグ・デリパスカとの関係を全面開示するよう求めているとタイムズ紙が知ったと述べている。しかし、記事の中では、マンデルソンの日記を公表する権限はEUにはないと述べているだけで、最初のセンテンス以外にEU高官が「全面開示」を求めているという記述はない。問題は、EU高官が、EUコミッショナーの個人情報をほんとうに開示するよう求めているかどうか極めて疑わしいことだ。というのは、EUのコミッショナーへの「倫理」は、英国の政治家への倫理基準と較べてはるかに緩やかであり、EUのコミッショナーたちが、大金持ちの接待を受けたり、ホリデーでそれらの人たちの所有するクルーザー船や別荘に泊まったりということは、かなり頻繁に行われていることだからである。これらには特に報告の義務もない。この事実は、当タイムズ紙でも10月25日に報道されている。10月28日のテレグラフ紙でも報道されているように、EU委員長のポルトガル出身のバロッソも2004年にそういう接待を受けていたことが明らかになっているが、国によって違う倫理基準を反映して、EUには倫理問題に緩やかな風土があるということだ。
しかも、今回、EU自体が声明を発表して、マンデルソンとデリパスカとの関係がマンデルソンの職務に影響を与えたことはないと明言している。そういう状態の中で、EU高官が、マンデルソンだけに「日記の開示」を要求することは極めて考えにくい。もし、そういう要求が出ることが許されれば、他のコミッショナーたちにも波及するからだ。そのため、タイムズ紙が主張するように「EUがマンデルソンの日記の公表を求めている」というのは事実かどうか疑問だ。実際、私の知る限り、他の新聞で同様の主張をしているものはない。
確かにEUのコミッショナーへの倫理基準の適用は甘すぎる。かつてジャック・サンターEU委員長の下での委員会が倫理上の問題で倒れたことがある。しかし、EUの体質は少しずつ改善されながらもその道のりはまだまだ遠い。EUは今なお、「あぶく銭を得られる仕事」と見られている。EUの体質の問題は大きな問題だが、それと、責任ある新聞が報道する「事実」とは別だ。タイムズ紙のこの記事は残念に思う。
Politics
2008-10-27
ピーター・マンデルソンの復活
(The Revival of Peter Mandelson)
10月初め、ピーター・マンデルソンが、ゴードン・ブラウン労働党政権のビジネス大臣として復活した。マンデルソンは、1997年から2006年まで首相だったトニー・ブレア率いる「ニュー労働党」を確立した最大の功労者の一人である。ブレア政権で通産相や北アイルランド相ともなったが、2度お金にかかわる問題で辞職した。その後、2004年に下院議員も辞職し、EUの対外貿易担当コミッショナーに転進した。もともと広報関係に才能を発揮した人物で、ブレア党首の下では、そのマスコミ対策に大きな役割を果たした。黒を白と言いくるめることができる人物として恐れられ、「暗黒の王子」と呼ばれたぐらいである。政治家としての能力は極めて高く、ブレア政権での閣僚職でも、また、EU時代にもその手腕は高く評価されている。
しかし、今回のマンデルソンの復活は多くを驚かせた。それには大きな理由がある。1994年の労働党首ジョン・スミスの急死に伴って行われた党首選で、それまでブラウンに忠誠を誓っていたマンデルソンが、突然ブレア支持に立場を変えた。これは、ブレアの方がブラウンよりも大衆受けするという極めて現実的な判断に基づいたものと思われるが、ブラウンはこれに怒り、自分がその時点で党首になるチャンスを失ったのはマンデルソンの変心のせいだと信じることとなる。それ以来、ブラウンはマンデルソンを極度に嫌っていた。それが数ヶ月前から再び話をするようになり、今回の復活につながった。
ブラウンは、昨年6月に首相になったが、昨年秋から人気が下がり始めた。保守党に世論調査の支持率で大きな差をつけられ、今年の春からは、ブラウン降ろしの動きが党内から出るなど、極めて深刻な状況になっていた。そういう中、ブレア時代に政権を支えたアリスター・キャンベルを政権に呼び戻そうとしたが、不発に終わり、その代わりにマンデルソンに白羽の矢が立ったと思われる。マンデルソンはビジネス相に就任するにあたって、上院議員となったが、英国の上院議員は無給であり、閣僚職の追加の報酬が出るだけである。そのため、先のEUコミッショナーの時よりも待遇の面では大きく下がったと思われる。それでもマンデルソンは、英国の政治に復帰することを望んだ。2001年の総選挙で当選した際に「自分は闘士だ。臆病者ではない」と言ったが、今回の復帰は、その言葉を裏付けるものだろう。今回の選択は、火中の栗を拾うようなものであり、非常に苦しい立場にあるブラウンの命運を本当に変えるつもりがあると思われる。
マンデルソンとロシア一の大金持ちオルガ・デリパスカの関係が話題になっている。しかし、マンデルソンがEUコミッショナー時代にデリパスカのために便宜を図ったという証拠はない。マンデルソンは同性愛者であり、また、そのイメージに暗いものがあるためにマスコミの標的になりやすい。しかし、マンデルソンの復活で、その効果を最も恐れているのは保守党であろう。マンデルソンがブラウン政権に復帰して以来、ブラウンの金融危機に対する政策は、世界的に大きな賞賛を浴びた。それ以外の政策でも、大胆な決断が多くなっている。もし、これらがマンデルソン効果であるとするならば、ブラウンのマンデルソン呼び戻しは少なくとも一時的にでも成功していると言える。
Politics
2008-10-15
代役による首相のクエスチョン・タイム(PM’s
Question time by Stand-ins)
ゴードン・ブラウンが金融危機のEUの会議に出席したため、慣習により、主要三党はすべて副党首(格)の下院議員が対応することになった。そのため、クエスチョン・タイムは盛り上がりに欠けるものとなった。世界のほとんどの国では、今や金融危機の話と、それから生じている経済の停滞、失業、生活難などが関心事と思われるが、そのためにこれという決め手の話題に欠けた。その上、役者が不足している。野党第一党である「対立政党」の保守党の影の外相ウィリアム・ヘイグは、保守党の元党首で、首相のクエスチョン・タイムには慣れているはずであるが、その質問はスムーズさを欠き、その技術も明らかに錆付いている。労働党の副党首で、下院のリーダーでもあるハリエット・ハーマンは、首相ゴードン・ブラウンの代わりに質問に答えたが、へっぴり腰で対応し、同じことを何度も繰り返し、冗長な返答となった。ゆっくりと立ち上がり、質問に頭からタックルするという気迫が感じられない。これではハーマンが将来、労働党党首や首相になる可能性はまずないと思われた。「それは深刻な問題です」と答えた時には、他人事のように聞こえた。こういう時にこそ、ハーマンは自分を売る必要があると思われた。
Politics
2008-09-18
自由民主党党首の書生風演説(Lib
Dem Leader’s poor speech)
イングランド南岸のボーンマスで行われていた自由民主党の党大会が2008年9月17日に終わった。最終日には、自由民主党の党首ニック・クレッグが演説をしたが、率直に言ってこの演説には失望した。会場はクレッグの演説に好意的に反応し、また特に問題のある部分もなかったために英国のマスコミはこの演説を好意的に見ている。確かにこの演説の中でクレッグの悪い癖の、言葉の間に大きな時間のギャップがあるということはなかったし、言葉の選択は丁寧で、労働党や保守党にまつわるジョークも交え、時には力強いと思わせる部分もあった。演台は舞台の片隅に置かれており、クレッグは原稿なしで演説した。しかし、問題は内容がほとんどないことだ。
クレッグは、自由民主党は「新しい経済」をリードする、地球環境問題に関連して、原子力発電所や石炭火力など古い形のエネルギーには頼らない、ヒースローやスタンステッド空港の拡張には反対し、中低所得層の所得税を削減し、その一方、社会福祉に力を入れてより公平な社会を作ると訴えた。しかし、「新しい経済」の中身は明らかになっていないし、それ以外の点でもそれならいったいどうするのか、という答えを出していない。200億ポンド(4兆円)の政府予算の節約が可能だというが、その詳細は明らかにはなっていないし、税金を削減しながらも社会保障を充実するというのは、可能なのかという疑問が出てくる。取り上げているテーマは一般でよく議論されている問題であるが、理想的な結論を言うだけで、そのプロセスには触れていない。
もし、グレッグの演説の中に新しいコンセプトを示唆するものがあれば、それで演説全体が異なったものになっただろう。しかし、そういうコンセプトはなく、その代わりに下院議員の数-現在66-を総選挙で2倍にし政権を目指すという、一種の荒唐無稽な目標設定で終わっている。
以上あげたことから、クレッグの演説は書生議論となっている。クレッグが昨年12月に自由民主党の党首になってから、自由民主党の支持率は上がっていない。むしろ、2008年9月17日に発表されたIPSOSMori世論調査の結果では、自由民主党の支持率はわずか12%となっている。大きく下がってきている。今回の党大会は、首相ゴードン・ブラウンが生き残れるかという問題と、米国の金融危機、英国の大手銀行間の合併問題が次々とトップニュースとなり、その影に隠れてしまうという不運があった。しかし、クレッグ自身の問題も大きい。クレッグがテレビのインタビューの際に老齢年金の週当たりの額を聞かれて、30ポンド(6千円)程度だと思うと答えたが、実際には90ポンド70ペンス(1万8千円)である。クレッグは自分の選挙区の選挙民からの相談にまじめに対応しているのか疑問になる。クレッグの行く手は非常に厳しいと言わざるを得ない。
Politics
2008-08-27
総選挙への投票権(2)(Voting
Right in General Elections)
英国での選挙への投票権については、2008年4月11日に触れている。ここでは、それに付けえて総選挙への投票権に触れる。投票できるのは以下の人だ。
1. 18歳以上。
2. 英国市民、英連邦市民、それにアイルランド国の市民。
3. 選挙区に住んでおり、登録している人。
4. 英国上院(貴族院)の議員でない人。上院議員は総選挙に投票できない。貴族であっても、上院議員でない人は、投票できる。
5. 刑務所で服役していない人。
6. 重度の精神病でない人。
なお、エリザベス女王には投票権はあるが、憲法上の問題から投票権を行使していない。
Politics
2008-08-25
保守党党首キャメロンのマスコミ対策(Cameron’s
spin)
保守党の党首で、次期総選挙後に英国首相となると見られているデービッド・キャメロンのマスコミ対策は徹底している。キャメロンは、広告会社の重役を務めたこともあり、マスコミ対策が重要であることをよく知っているが、今夏の休暇をめぐる宣伝は徹底していた。キャメロンは、英国の南西にあるコーンウォルでまず休暇を取り、マスコミを呼んだ。マスコミは一斉に妻のサマンサとコーンウォルの海水浴場で休暇を取るキャメロンを報道したが、これは、キャメロンの庶民的なイメージを売るためのものであった。つまり、英国内でつつましいホリデー休暇を取っているとのイメージである。実際には、キャメロンは、その直後、大金持ちのサマンサの父親が借り上げた大型ヨットで休暇に出かけていた。
キャメロンは、自分は「普通の人間」であると主張している。しかし、大金持ちの家に生まれ、私立のイートン校で学び、人脈にも非常に恵まれた環境で育った。貧しい人たちの気持ちがわかると主張しているが、ほんとうにどこまで理解できるのか。キャメロンは1988年にオックスフォード大学を卒業した後、保守党の調査研究部に勤めた。最近出版された「キャメロンがキャメロンについて語る」という本では、募集広告を見て、申し込み、面接に行って、仕事を得たと言っている。しかし、それも、実際には、一端断られた後、エリザベス女王の侍従をしていた親戚の口利きで得た仕事だと言われる。マスコミ対策で作り上げた「虚像」と実際の姿が大きく異なっていると、有権者の期待を大きく裏切ることになる。これから次期総選挙までの2年足らずの期間は、キャメロンにとって極めて長い試練の期間となる可能性がある。
Politics
2008-08-25
暗中模索のロンドン市長(Rudderless
London Mayor)
2008年5月にロンドン市長に選ばれたボリス・ジョンソンは、北京オリンピックの閉会と共に、次の2012年オリンピック開催地の市長として脚光を浴びている。しかしながら、ジョンソンのエンターテイナーとしての資質はともかく、政治家としての資質には大きな疑問が残る。
このコラムでも8月20日に触れたが、ロンドン市の最高経営責任者として7月に就任したばかりの第一副市長ティム・パーカーが辞任に追いやられた。その原因については、さまざまな憶測があるが、他の副市長たち、特に政策担当のサイモン・ミルトン卿の影響があると言われる。ミルトン卿は、ロンドン市の中のウェストミンスター区の行政の経験者である。この結果、ジョンソン市長の取り巻きの中心は、ロンドンの地方行政の経験者となった。
もともとジョンソン市長は、立候補当時から自分が市長に当選するとは考えておらず、市長になって何をするかなど真剣に考えていなかった。保守党の関係者もそうで、当選して何をするかなどよりも、ジョンソンが選挙選最中に失言しないように、ということに神経を集中していた。そのため、ジョンソン市長が当選した後、具体的に何をするかを真剣に考えなければならない状況となった。日本でも同じだが、自分に十分な理念や政策がない場合、新しく選ばれた首長は、既存のシステムの上に乗ることを選ぶ。つまり、ジョンソンにとっては、自分の考えを行政に反映するのではなく(実際に自分の理念がない場合、これは極めて困難であるが)、レールの上を走る鉄道のように既存のシステムの継続の道を選んだようだ。パーカーのような辣腕ビジネスマンのアウトサイダーが行政をかき回すのはジョンソンにとっては不都合であった。パーカーが妥協をモットーとする人物ならいざ知らず、パーカーの辞任は時間の問題であったといえる。
ジョンソンが市長に就任した後、元サンデー・テレグラフ紙の編集長ペイシェンス・ウィートクロフトを委員長にした科学的監査委員会を設け、前市長ケン・リビングストン時代の監査を実施した。若干の勧告を提出したものの、特に大きな方向性が出たとはいえない。小さな軌道修正があっても、ジョンソン市政は基本的には、前市長リビングストンの継続であろう。実際、ロンドンオリンピックの招致に力を入れたのはリビングストンであり、ジョンソンにその功績があったわけではない。混雑税の修正もあるが、困難な状況の中混雑税を打ちたてたのは、リビングストンである。ジョンソンは、次には、保守党の党首の座、つまり、英国首相の座を狙っていると噂されている。ジョンソンは、そういうことを考える前に、政治家として自分の理念がどこにあるか、それをまず考えるべきだと思われる。
Politics
2008-08-23
フィリップ殿下(Prince
Philip)
フィリップ殿下は、英国の元首エリザベス女王の夫であり、エジンバラ公爵である。1921年6月10日に、ギリシャとデンマークのシュレースヴィヒ=ホルシュタイン=ゾンダーブルク=グリュックスブルク家に生まれた。87歳。父は、ギリシャのゲオルギオス1世の4男のアンドレオス王子である。英国のビクトリア女王の次女アリス王女の末裔であるが、少なくとも482人が英国王室の皇位継承権でフィリップ殿下の前に存在する。
1922年に父がギリシャから亡命した後、英国の母方のマウントバッテン家に送られた。1940年に英国の海軍兵学校を卒業した後、主にインド洋と地中海で従軍した。十代でエリザベス王女と知り合い、1947年に2人は結婚する。1952年に英国国王のジョージ6世が56歳で亡くなり、エリザベス女王の王配となった。
ハロッズのオーナー、モハメド・アルファイドは、フィリップ殿下が息子のドディとダイアナ妃の暗殺を英国の諜報機関MI6に指示したと言い張ったが、その証拠はない。息子のチャールズ皇太子の半生記(ジョナサン・ディンブルビー著)では、権威主義的な父親として描かれているが、ギリシャで王位が廃止された経験があり、英国の皇室の存続を非常に重大視しているためだろう。何度もの失言があるが、女性問題などの話は全くない。現在の英国王室を影から支えている人物である。
Politics
2008-08-20
なぜロンドン第一副市長が辞任したのか(Why
London First Deputy Mayor resigned)
2008年5月にロンドン市長(日本の東京都知事にあたる)となった、保守党のボリス・ジョンソンの市政の目玉として大いに注目されたのが、辣腕ビジネスマンのティム・パーカーを第一副市長に任命したことだった。パーカーは、ロンドン市政の経営責任者として、前市長ケン・リビングストン時代の8年間に鬱積した市政の無駄を取り除き、効率的な市政を築く予定であった。パーカーは、既に大金持ちであり、この仕事に取り組むために、ほとんどすべての社外重役等の職を退いた上、この仕事に対する報酬は、わずか年に1ポンド(200円)であった。その意気込みは相当なものがあったと思われる。また、パーカーがどのような仕事振りを発揮するかは、将来、デービッド・キャメロンが保守党政権を率いる際に大きな鍵となると思われた。
ところが、7月に就任したばかりのパーカーが、8月19日、突如として辞任したと発表された。パーカーは、9月からロンドン市の所管するロンドン交通の会長職に就任する予定であったが、ジョンソン市長が考えを変えて自分が会長を務めることとしたことが大きな原因とされる。また、パーカーが、ジョンソン市長のほかのスタッフと意見が合わなかったなどという憶測もある。いずれにしても、パーカーが仕事をしやすい環境を作る代わりに、ジョンソン市長がパーカーのやる気を削ぐ動きに出たことが背景にあると思われる。
この一件は、先の若者対策担当副市長の辞任、それに引き続く、戦略担当スタッフの辞任と併せて、市長就任以来、三番目の大きな辞任である。ジョンソン市長はジャーナリスト出身で、経営感覚が乏しいという危惧があったが、それが証明されたと言える。人事の決断が、戦略をきちんと立てた後なされるのではなく、思いつきの次元で行われている。経営経験に乏しいジョンソン市長には、パーカーのような人物が必要であった。その大切さの理解できないジョンソン市長では、今後のロンドン市政が思いやられる。ジョンソン市長は、今回のパーカーの辞任が、実は自分自身の問題であることをはっきりと自覚する必要がある。
2008-08-09
住宅取得税猶予策の混乱(Speculation
on Stamp Duty moratorium)
ゴードン・ブラウン政権の手際の悪さは変わらない。住宅取得税の一時猶予策の問題でまた問題を起こしている。英国人の住宅に対する執着は有名だ。誰もが無理をしてでも住宅を手に入れようとする。住宅の価格が上昇している時には、借金して購入しても支払いが滞りかけるとその住宅を売ればもとが取れた。住宅ローン会社も、低い金利でお金を貸し出していた。そのため英国の全国の平均住宅価格は昨年20万ポンド(4千万円)までのぼったが、比較的低い金利のために無理をして住宅を購入することができた。しかし、昨年来、世界的な金融逼迫が起き、状況が全く異なった。景気が悪くなった上、住宅ローン会社の手持ち資金が不足し、貸し渋りを始めた。金利を上げ、しかもかなりの自己資金を用意しないと住宅資金を貸さなくなった。しかも燃料の急騰、その他の物価の上昇で、住宅ローンの支払いに問題が出てきた。特に、住宅ローンの最初の一定の期間、金利が非常に低く抑えられているものを借りていた人たちは、その期間が終わったために、住宅ローンの支払いが一挙に高騰した。住宅市場は不況で、住宅価格は大きく下落している。住宅ローンを借り替えることもできない。売ることも難しく、そのため住宅融資への毎月の支払いができず、住宅を差し押さえられる人の数が昨年上期に較べて50%近く増えている。
英国では住宅に対する信用が減れば、政府に対する信用も下落する。これらの状況を受けて、政府内に浮上してきた案が「住宅取得税の一時猶予」である。英国では、12万5千ポンド(2500万円)以下の住宅には住宅取得税はかからない。しかし、今やほとんどの住宅にこの税がかかる。12万5千ポンドから25万ポンド(5千万円)には住宅の価格の1%、25万ポンドから50万ポンド(1億円)は3%、そして50万ポンドを超える住宅には4%の税がかかる。つまり、20万ポンドの住宅を購入すれば2000ポンド(40万円)の税、30万ポンドの住宅を購入すれば9000ポンド(180万円)の住宅取得税を支払う必要がある。この税を一時猶予すれば、住宅市場を活性化できる可能性があるというのである。保守党のジョン・メージャー政権で住宅市場を1991年の住宅取得税の緩和と猶予で回復させた例がある。このために1992年の総選挙で保守党が劣勢を予想されながらも勝った大きな要因となった。
住宅取得税の一時猶予のニュースが8月5日に報じられた際には、それを歓迎する向きが強かった。ところが、ここに来て、このニュースのために住宅市場がさらに悪化していることがわかった。つまり、住宅取得税が一時猶予されるなら、それが正式に決定されるまで住宅売買を控えようとする動きが強まったのである。
この税の問題は、財務省の所管である。ところが、これを財務省が十分に検討する前に、首相官邸筋がそのニュースを大衆紙のサンに漏らしたようである。それをサン紙が報道した。そのために財務省側が困惑している状況だ。つまり、政府の中で、得点稼ぎに走る首相官邸側と、じっくりと見極めて政策を打ち出そうとする財務省側で、立場に大きな差が出ているのである。この住宅取得税の案は、ミリバンド外相の問題からマスコミの目をそらす目的があったとも言われるが、こういう混乱は、一般の国民の信頼をさらに損ない、ブラウン政権の立場を弱める。財務省では早急にどう対応するか決定する必要があるが、打つ手が外れるブラウン政権は、ますます混乱を強めていると言える。
Politics
2008-08-02
ブラウンの内閣改造の目玉(Brown’s
Reshuffle to regain authority)
ゴードン・ブラウン首相率いる労働党の支持率は20%の半ばで、40%の半ばの保守党に約20%の差をつけられている。グラスゴー・イーストの補欠選挙で敗北して以来、今やブラウン首相の威信は地に落ちてしまった。多くの労働党下院議員は次の総選挙で労働党は大敗北を喫し、自分たちも議席を失うのではないかと心配している。ブラウンではだめだ、有権者はブラウンの言うことに全く耳を傾けない、という判断から、次の総選挙は新しい党首で戦うべきだとブラウン辞任へ向けて運動を進めている者も少なくないようだ。
それに対抗するように、ブラウンが自分の威信を回復するための戦略の一つとして9月初めに内閣改造を予定している。どういう改造をするかには多くの憶測があるが、中途半端な内閣改造では全くインパクトがないことから目玉が必要だ。そこで考えられるのは、ガーディアン紙で自分の対保守党の見解を発表したデービッド・ミリバンド外相を犠牲にすることだ。次期労働党党首レースの先頭を走るミリバンドは、自分の投稿記事の中で、ブラウンの名前に全く触れず、そのために「謀反」をたくらんでいるとマスコミが一斉に報道した。内閣改造の記事を載せた8月2日のインデペンデント紙では、この内閣改造でミリバンドの更迭はないと言っているが、その可能性は否定できないと思われる。ミリバンドの投稿記事は「謀反」などというものではないが、一般の有権者は、そのような記事を読まずにマスコミの見出しだけで判断する傾向がある。そのため、有権者に優柔不断なブラウンが意外にも「断固たる処置」を取ったという印象を与えるには、劇的な行動が必要だからだ。
それではミリバンドを野に放つことになるではないかと考える向きがあるかもしれない。ミリバンドが反ブラウンの先頭に立つという見方だ。しかし、早い総選挙を望んでいる労働党下院議員は誰もいない。現在の低い支持率と悪い景気、生活費が急速に上昇している状況の中では労働党に勝ち目は全くない。むしろ誰もが総選挙はなるべく先延ばしにし、景気が少しでも上向きになるまで待つべきだと考えている。そういう環境の中で、ミリバンドのできることは限られている。
一方、ノーザンロック銀行問題などで評判の落ちたアリスター・ダーリン財相を交代させることは必要だろう。財相に有能な人材を登用することで、一挙に次期党首候補を作り上げることができる。ミリバンド対策には、閣内に有力ライバルを作ることだ。ミリバンドを閣僚の職から追放しなくても、財相、内相、外相のトップ閣僚以外の職に回し、降格すれば、その目的は達成できると思われる。いずれにしてもミリバンドには酷な手であるが、ブラウンの威信を回復するには、ミリバンドをダシに使う必要があるだろう。つまり、9月の内閣改造の焦点は、ミリバンドの処遇になると思われる。
Politics
2008-08-01
皇室の価値(Value
of Monarch)
英国にも、皇室を廃止すべきだという共和国主義者がいる。しかし、一般の国民は皇室の存在を好んでおり、英国の国歌は「女王陛下万歳!(God
Save the Queen)」だ。英国の皇室は、チャールズ皇太子とダイアナ妃の問題をめぐり、大きく揺れ動いたが、それでも国民から大きな支持を受けている。2007年度の政府の皇室関係への支出は4000万ポンド(80億円)であったが、海外から、特にアメリカから多くの観光客を引き寄せることを考えると、金銭面だけでもその費用をかなり大きく上回る価値があると考えられている。また、英国の元首エリザベス女王は、英連邦53ヶ国の長であり、また、16カ国の元首も兼ねている。国際政治面でも大きな影響力の源泉である。その上、フランスの元首ニコラ・サルコジ大統領と会うのと、エリザベス女王と会うのでは、どちらに重みがあるかは明白であろう。
バッキンガム宮殿(Buckingham Palace)
エリザベス女王の拠点は、ロンドンにあるバッキンガム宮殿である。毎年夏に女王がスコットランドのバルモラル城に避暑に行かれる間、バッキンガム宮殿は一般に公開される。約40万人が訪れ、この間の収入は600万ポンドに上る。この一般公開は、ウィンザー城が火事に遭った後、1993年から始まった。修復費用の一部にあてることが目的であった。
一般公開の前には、エリザベス女王自身が展示物などを見て回る。エリザベス女王自身が不正確な記述などに気づくことも多く、記述を書き換えることも多いという。
エリザベス女王のリーダーシップ(Queen Elizabeth’s leadership)
エリザベス女王は、女王として君臨しているだけではなく、皇室の長として皇室を運営していく立場にもある。皇室費の倹約の一環として、エリザベス女王自ら宮殿の電気を消して回るという話は有名だ。外国からの賓客を招く、宮中晩餐会が催される際には、晩餐会が始まる前に会場に自ら一旦、足を運ぶ。状況を仔細に確認し、例えば、飾り物などの変更点などについて説明を受ける。フローリストと花についての確認もする。季節やどの国からの賓客か、またどういう花が入手できるかで花は変わるからだ。細かな点にまで注意を払う。こういう配慮は、皇室内での行事にもわたる。どういう催し物が行われるか事前に相談を受け、自らどういう流れか十分に理解している。82歳というお歳を感じさせない。
Politics
2008-07-30
ブラウンの後継者(Brown’s
successor)
ゴードン・ブラウン首相は遅かれ、早かれ、首相の座を去る。それは、恐らく来年の秋の党大会の頃までには起きるだろうが、それが2年以内であるのは間違いない。2010年6月までに行なう必要のある次期総選挙では、ブラウン率いる労働党はまず間違いなく保守党に勝てないからだ。
それでは次に労働党党首、そして首相(総選挙前の場合)となるのは誰か。マスコミの最有力候補はデービッド・ミリバンド外相である。英国の賭け屋も同様で、二番手には、ハリエット・ハーマン労働党副党首がつけ、三番目にジャック・ストロー法相が続く。ただし、いずれも決め手を欠き、役者不足の面がある。
ミリバンドは、非常に頭がいいことで有名だ。しかし、頭がいいといわれるのは現在のブラウン首相も同じで、頭がいいだけでは優れた党首・首相とはなれない。私の第一印象は、ミリバンドは「異星人」の風貌を持っているということだ。ミリバンドが7月30日付のガーディアン紙に「労働党はそれでも勝てる」という投稿記事を書いた後の記者会見では、切れ味を発揮し、党首・首相としてはブラウンよりも大衆受けするように感じる。しかし、保守党のキャメロンが風格を出し始めているのに対し、少年の雰囲気を持つミリバンドでは労働党の命運を向上させることは難しいかもしれない。
ハーマンは、女性であり、昨年6月の副党首選挙では、予想を裏切って副党首に選ばれた人物である。女性である強みはあるが、党首に選ばれるには、今までの問題や夫のジャック・ドロミーの存在が問題になるのではないかと思われる。かつて自分の息子を労働党のルールを無視して入学選別する学校に送ったことでマスコミや労働党内部から大きな批判を浴びた。また、夫のドロミーは労働組合関係の大物であり、労働党の会計責任者であるが、労働党の「名誉販売」疑惑が出た時に、一連の労働党献金を自分は知らないと主張したことがある。ドロミーは敵が多い人物である。
ストローは、1997年のブレア労働党政権発足以来、閣僚職を務めてきたベテランである。内相、外相、法相などブレア政権に続きブラウン政権の重鎮となっている。党内全体での評価は高いが、独自のアイデアやカリスマのある人物ではない。つなぎの党首としてキャメロンに対抗する役割を果たすだけの経験はあるが、長期的にキャメロンに対抗できるかには疑問がある。
以上に付け加え、完全なダークホースで、賭け屋にも注目されていないが、次期労働党党首の一つの可能性としてアラン・ミルバーンを挙げておきたい。ミルバーンは、かつてブレアが目をかけ、次期リーダーとして育てようとした人物である。財務省でブラウンのナンバー2として働いたことがある。しかし、厚生相としてブラウンと折り合いが悪くなり、大臣職を辞任した。その後、ブレアが2005年の選挙のコーディネーターとして再び登用したが、選挙の主要な役割を外されたブラウンが反発したため、その役割を外された自物である。事実上、ブラウンがミルバーンの芽をつぶしたと言える。
このミルバーンに、意外にもブラウン首相が過去一ヶ月で3回も会い、閣僚復帰を働きかけていると伝えられる。このミルバーンがもし財相として内閣に復帰するようなことがあれば、ミリバンド外相の最大のライバルとなるだろうと思われる。現在50歳で油が乗り切った政治家であり、キャメロンに対抗できうる人物だと言えるだろう。ただし、閣僚職を辞して以来、いくつかの会社の顧問として多くの収入を得ている。閣僚に復帰すればそれらを失うため、財相のようなよほど魅力のあるポジションでなければ受けないかもしれない。9月に予想されるブラウン政権の改造が見ものである。
Politics
2008-07-30
ミリバンドのガーディアン紙投稿記事の功績(Effects
of Miliband’s Guardian article)
デービッド・ミリバンド外相が、7月30日付のガーディアン紙に「労働党はそれでも勝てる」という投稿記事を書いた。マスコミ各紙は、ミリバンドがブラウンに党首選挙の挑戦をするかもしれないと飛びつき、ミリバンドのイタリアからの外相との会談後の記者会見は、スカイニュースとBBCニュースが実況中継する事態となった。
ミリバンドは、これはブラウンへの挑戦だということを否定したが、もし、ブラウンが首相と党首を辞任した場合にはミリバンドが党首選に立候補するのは間違いない。しかし、この「事件」は、予想外の効果があったと思われる。
その効果とは?
このミリバンドの投稿記事はよく書けている。記事の後半の、労働党が英国民に何ができるかについてはあいまいな点があるが、保守党のデービッド・キャメロンの空疎さを浮き彫りにした点では、最近最も優れたものであると思われる。要は、この「事件」の騒ぎで、ほとんどの政治ジャーナリストが、ミリバンドのブラウンへの挑戦のヒントを求めてこれを精読したことだ。そして行間に書かれていると思われることまで推測する騒ぎになった。ここまで広く精読された記事は最近ではあまりないのではないかと思われる。
マスコミは次期総選挙後は保守党が政権を担当するのは間違いないと見て、キャメロンの政策の吟味を始めているが、意識的に、もしくは無意識的にミリバンドの指摘の影響を受けると思われる。つまり、ミリバンドがキャメロン分析へのたたき台を提供した格好だ。
Politics
2008-07-27
ブラウンの欠陥(What’s
wrong with Gordon Brown)
ゴードン・ブラウン首相は、2007年の6月にトニー・ブレア前首相の後を受けて首相に就任した。それから13ヶ月たったが、その支持率は下がる一方だ。7月24日のグラスゴー・イーストの下院議員補欠選挙で労働党が敗北し、一挙にブラウン退陣への要求が表面化した。サンデー・タイムズ紙は、ブラウンはサッチャーが11年間の政権でもたらした状況を1年で作り上げたと言っているが、ブラウンは早くも政権末期の状況を呈してきた。ここでは、いったい何が問題なのか、ブラウンのどこに問題があるのかに触れておきたい。
グラスゴー・イーストは、労働党の非常に強い地盤である。前回の2005年の総選挙では、労働党の候補者は1万8775票を獲得し、次点のスコットランド国民党(SNP)の得票5268票に3倍以上の大差をつけていた。つまり、通常の状況では決して労働党が負ける選挙区ではない。選挙戦の序盤にSNPの支持率が急速に上がっているとの報告があり、労働党の敗北する可能性がささやかれたが、終盤にはやはり労働党が持ちこたえるとの評価であった。補欠選挙の結果が出た後、英国の公共放送BBCの政治部長が「この投票日の朝まで政治評論家の誰もが労働党の勝利を予想していた」と言っているが、この楽観が労働党の中にもあったと思われる。結局365票差でSNPが勝った。もし、労働党がもう少し厳しい選挙戦を展開し、地元の状況をきちんと反映した選挙戦略を立てていれば、SNPが勝つことは難しかっただろう。今回の労働党の選挙運動は表面的なものに終始し、有権者に労働党へ投票する気にさせる強力なものではなかったと言われる。また、有権者の意向を無視してSNP候補者をスコットランド独立推進派と攻撃するなど、戦略的なミスが目立った。労働党側の体制の不備と油断がこの結果を招いたと言える。
ブラウンには、ピーター・マンデルソンのような人物が必要であった。ブレア政権で通産相、北アイルランド相を務め、現在EU委員のマンデルソンは、非常に有能な戦略家である。メディアを操るスピンドクターの元祖のように言われている。マンデルソンは1994年の労働党の党首選挙でブラウン支持からブレア支持に変わり、それ以降ブラウンとの関係が悪化したため、マンデルソンがブラウンの戦略担当となることは考えにくい。しかし、この補欠選挙では、きちんとした戦略家がおり、強固なリーダーシップがあれば、敗北は避けられたと思われる。この点では「後の祭り」といえる。
ブレア政権下では、ブレアとブラウンの2人がお互いに牽制しあい、2人のバランスの上で政権が運営されていた。ところが、ブラウンが首相となるとブラウンにきちんとモノを言える人がいなくなってしまった。ブラウンは「仕事中毒」と言われるくらいよく働く人物である。夜遅くまで働いた後、早朝から起き出し、新聞に目を通し、午前6時半には閣僚などに電話をし始める。献身的に仕事に取り組む人物である。しかし、ブレアが直感的に決断を下すといわれるほど決断の早い人物であったのに対し、ブラウンはノーザンロック銀行の国有化の決断に6ヶ月かかったように決断が遅い人物だ。物事をなかなか決められない、と評判になっている。また、性格的には内向的な人物で有権者の気持ちをよく理解している人物ではない。所得税の10%課税枠を廃止したことで、収入の低い人たちに打撃を与え、労働党議員やマスコミから大きな反発を受けた後、それへの対策に大きな借金をせざるをえなかったようにバランスに欠ける判断をする傾向もある。ブラウンが政権内で独占的な地位を占めているために、その判断が狂うと政権全体が大きな危機に陥る。
しかし、基本的な問題は、ブラウンへの有権者からの信頼がなくなっていることだ。一端失った有権者からの信頼を取り戻すことは極めて難しい。極めて皮肉な現象は、労働党政権のさまざまな政策が次から次に成果を挙げている時にブラウン率いる労働党政権の支持率は下がる一方であることだ。犯罪は減り、NHS病院は効率を上げ、患者の待ち時間は目標に沿って短縮されてきた。大きな問題であった院内感染の問題は当初不可能と思われたレベルまで減ってきている。中等教育のアカデミーは成果を挙げており、急速に拡大している。一方、現在の経済の問題は、世界的な問題から発生しており、英国政府が単独で有効な政策を打ち出すことは困難だ。しかし、ブラウンへの信頼が失われたことに相俟って、世界経済からの深刻な英国への影響が有権者のブラウン政権への低い評価を招いている。
政権与党の労働党にとっての最善の方策は、ブラウンを誰か他の人と交代させることだと思われる。誰がブラウンの後継者となっても、労働党の支持率は上向くだろう。新しい人には有権者は一定の猶予を与える上に、ブラウンが英国の経済問題の責任の一端を背負って退陣することになるからだ。
Politics
2008-07-26
労働党が地盤の補欠選挙で敗北(Labour’s
defeat in Glasgow East by-election)
ゴードン・ブラウン首相が率いる労働党が、その強い地盤を誇るグラスゴー・イーストの7月17日に行われた下院議員補欠選挙で敗北を喫した。これは、5月の地方選挙での労働党の大敗北、そしてその後の一連の補欠選挙の敗北に加えてのものであり、労働党政権に大きな打撃を与えている。
この選挙区は1998年に地方分権を行ったスコットランドにあり、現在スコットランドの政権を担当しているスコットランド国民党(SNP)の候補者が労働党の候補者を365票差で破った。2005年の総選挙では、労働党の候補者が次点のSNPの候補者の3倍以上の得票をしている、労働党の非常に強い選挙区でのことである。
世界的なサブプライム問題の後、景気が後退し、燃料費の高騰と食費の上昇の中で一般国民の政府への不満は大きく高まっている。英国全体では、保守党の支持率が40%をコンスタントに上回る状況であるのに対して、労働党の支持率は30%以下であり、その差は約20%にも達し、ブラウン首相への支持が大きく後退している。スコットランドでSNPへの支持率が高まっている中で行われた補欠選挙では、労働党の苦戦が予想された。それでも選挙の専門家や英国の賭け屋は、労働党が何とか逃げ切るのではないかと見ていた。しかし、予想外に投票率が高まり、労働党への不満票がSNPに大きく動いた形だ。補欠選挙では通常大幅に投票率が下がる。2005年の48.2%に対し、投票率は30から40%と見られていたのが、実際の投票率は42.25%に達した。
この選挙の結果、2010年6月までに実施しなければならない総選挙で労働党は保守党に大敗北するという見方が強まっている。そのため労働党の党首・首相を交代させるべきだという声が表面化してきた。しかし、ブラウン首相には退く意向はない。英国では、一般に現職の党首を強制的に交代させることは難しい。保守党のイアン・ダンカン=スミス党首は下院議員の信任投票で十分な票が集められず党首を退いた。また、マーガレット・サッチャー首相も党内の反乱で首相・党首を退いたが、そういう例は多くはない。
もし、労働党がブラウン首相を退陣に追い込もうとすれば、まず、下院議員の1人が名乗りを挙げ、350人の労働党所属下院議員の20%の推薦を集める必要がある。つまり、70人だ。そしてそれを党大会に提出して、もし、党大会が過半数で党首選挙を行うことを認めれば、党首選挙がスタートすることになる。ブラウン首相が自発的に退き、候補者が自分の支持者を集めるのなら70人はそう難しい数字ではないだろうが、今の状況では、ブラウン首相に反旗を翻し、70人の下院議員の推薦を集めることは極めて難しい。まず、確たる後継者がいないのである。ファイナンシャルタイムズ紙が、閣僚が一致してブラウンに引導を渡せば首相を交代できる可能性に触れたが、閣僚が一致する可能性は低い。結局、ブラウン自身がもうこれ以上首相、党首を継続できないと判断するまでブラウン政権は続く可能性が強い。
なお、この補欠選挙で労働党が敗北したために、そのニュースに隠れて、幸運であったのが自由民主党だ。自由民主党は2005年の総選挙で3665票を獲得し、第3位であったが、この補欠選挙では第4位のわずか915票に終わり、供託金没収の憂き目にあった。2007年12月に自由民主党の党首になったニック・クレッグが十分な仕事をしていない証明だ。
Politics
2008-06-30
英国の国民健康サービス60周年(NHS
60years)
それは1948年7月5日(月曜日)のことであった。労働党のアトリー内閣が、国民の誰もが直接お金を支払わずに必要な医療サービスを受けられるシステムを始めた。NHS(National
Health Service)と呼ばれる仕組みである。これは世界で最初の試みであり、「ゆりかごから墓場まで」と言われるシステムの一環であった。当初は、全世界の羨望のまとであったが、今ではそれほど画期的なシステムではなくなっている。しかし、多くの問題を抱えながらも60年という長きにわたり、基本的に同じシステムが続いてきたことは注目すべきことだと思える。
NHSは今や150万人を雇用し、世界で第4位の雇用者だ。中国の人民解放軍、アメリカのスーパーマーケットチェーンのウォルマート、それにインド鉄道に続く。
かつて保守党政権下、NHSはお金が慢性的に不足し、医療の質の低下、患者の待ち時間の増加が大きな問題になっていたが、労働党政権が2000年からNHSの予算を大幅増額し、状況は大きく改善した。今後、予算の増加額はかなり減少するが、地方NHS組織の独立運営体制など、それをカバーするための仕組みが導入されてきている。また、手術などの待ち時間をさらに減らし、診察時間を拡大し、さらに患者がかかれる病院を選択できる仕組みを作ろうとしている。
現ブラウン労働党政権下では、民間企業のNHSへの関与を増加させ、効率を上げようとしている。しかし、NHSの基本的な形を変える考えはない。それは保守党も同じである。
Football
2008-06-29
スペイン:ユーロ2008優勝(Spain
win Euro 2008)
欧州の国別対抗のサッカー選手権、ユーロ2008の決勝がスペインとドイツの間で6月29日、スイスのウィーンで行われた。この選手権は4年ごとに行われる。スペインがドイツを1対0で破り、優勝した。
決勝ではスペインがドイツを圧倒した。スペインは準々決勝で、2006年ワールドカップ優勝のイタリアとあたった際にはゴール前にボールをなかなか持ち込めず苦戦した。ポルトガルのロナルドのような選手がいれば状況はかなり異なっていただろう。最後にはペナルティー合戦で勝ち、準決勝にこまを進めた。トルコを準決勝で破った後、ドイツとの決勝では、ドイツのゴールをたびたび襲い、優勢に試合を進めた。ドイツのディフェンスの弱さが露呈された格好だ。
スペインのアラゴネス監督は、この試合を最後にスペイン監督を退く。69歳だが、来シーズンはトルコのフェネルバフチェの監督となるとみられている。アラゴネス監督は、選手の交代でその経験をいかんなく発揮した。例えば、試合の後半でシルバがドイツ選手と揉め事を起こしかけたと見るや否や、即座に交代させた。前半にスペインの唯一の得点を稼いだトーレスもゴール前で追加点がなかなか稼げず、イライラしていると見るやグイザに交代させた。アラゴネス監督は、トルコとの試合で、シャープさを欠くトーレスをグイザに交代し、グイザは試合の行方を決める第2のゴールを得点した。
一方、ドイツは、フルバックがスペイン攻撃陣のゴール前侵入を何度も許し、ゴールキーパーのレーマンが大活躍せざるをえなかった。また、攻撃ではミッドフィルダーのシュバイニーがパス、フリーキックなどで本調子ではなく、ドイツのチャンスをものにできなかった。英国の賭け屋はスペインが有利と見ていたが、その通りの結果となった。
Politics
2008-06-27
ブラウン首相の時代は終わる(Near
End of Brown Era)
6月26日(木曜日)に行われたヘンリー・オン・テームズの補欠選挙の結果は、労働党にとって予想以上に厳しいものだった。この選挙は、ロンドン市長に当選した保守党ボリス・ジョンソンの下院議員辞職に伴って行われたもので保守党の勝利は間違いのないものであったが、労働党の結果は悪すぎた。当選した保守党の候補者は2万票近く獲得したのに対し、労働党は第5位の千票余という結果だった。得票率はわずか3.1%である。前回の2005年の総選挙での得票率は14.8%だったため、得票率が大幅に下がった。第二位の自由民主党は1万足らずの票を獲得したが、労働党は、第三位の緑の党、第四位の極右政党英国国民党(BNP)の後塵を拝し、供託金没収という最悪の結果である。この結果は、ゴードン・ブラウン政権の終焉が近いことを裏付けるものだ。
石油の高騰にストップをかけるためにサウジアラビアに飛び、自ら石油生産増を働きかけた「動く」ブラウンを好意的に見るむきもあった。しかし、ブラウンの努力にも拘わらず、支持率は下がる一方だ。労働党支持の傾向の強いガーディアン紙のICM世論調査(6月25日)では、労働党の支持率はわずか25%と、保守党の45%に20%の差をつけられている。1984年に始まったこの世論調査で最低の支持率だ。その上、この補欠選挙で、ブラウンと労働党への支持は、ますます下がっていることを裏付けた形だ。
ブラウンの問題は、現在の世界的な経済の問題から発生していると捉え、経済が上向けばブラウンの支持も上向くと考える向きもあった。しかし、もはやそういう次元の問題ではない。ブラウンへの信頼が崩壊している。もちろんこの背景には、1997年から続く労働党政権への飽きがある。それに拍車をかけたのはブラウンの責任である。2007年秋に総選挙を仕掛けかけたが止めて意気地がないと批判された問題、国民の注目を集めた相続税、所得税に関する政策で度重なるミスを続けた。このままでは、5年の任期を終える2010年5月までに行わなければならない総選挙で労働党は保守党に大敗を喫するだろう。
労働党の中は、直ちにブラウンに代わる人を立てようという状況ではない。あと一年間ブラウンに時間を与えて、それで支持率があまり回復しないようなら、ブラウンに辞任を迫る動きとなるだろう。後任の最有力候補は外相デービッド・ミリバンドだが、ミリバンドでは保守党のデービッド・キャメロンには到底太刀打ちできない。むしろ、女性の内相ジャッキ・スミスのほうがキャメロン対策としては有効だと思われる。いずれにしてもブラウン政権の終焉は近い。
Politics
2008-06-24
政治家の必要経費の悪用をなくす方法(How
to eliminate politicians’ expenses cheating)
2008年に入ってから、保守党のコンウェイ下院議員が自分の大学生の息子を自分の秘書として雇い公費から給与を支払っていた問題が発覚した。コンウェイ議員は下院で謝罪し、受取っていた経費の一部を払い戻し、その上、保守党を除名された。それ以来、同様の問題は次から次に発覚した。保守党の幹事長(女性)が約10年前に子守を自分の秘書として雇い、公費から給与を支払っていたことが発覚した。欧州議員の不当な経費請求で、欧州議員の中の保守党のリーダーと幹事長がそれぞれの役職を辞任するという事態も発生した。つまり、これらの公費請求には、多くの問題があるということだ。
特に、英国の下院議員の公費からの必要経費の請求の問題は、今までそれぞれの議員の良識に頼り、その詳細に議会当局などが関与してこなかったことが問題のきっかけとしてある。しかし、これらの問題を契機に、下院議長を中心に、経費のあり方について再検討している。その案の中身は、例えば、細かく経費請求を精査する方法や、経費を請求する仕組みを変え、まとまった金額を議員に渡してしまう方法、さらには議員の出席率に比例する方法などがある。
私は、まとまった金額を渡す方法がベストだと考える。まず、いくら制度やルールを細かく決めても、その抜け穴を探す者がでてくる可能性がある。つまり制度やルールとその抜け穴を探す者とのいたちごっこになる可能性がある。しかも、制度やルールを細かく決めると、それを運用する人が必要になり、多くの時間と労力が必要だ。その上、その制度やルールが必ずしも政治家の活動に貢献するとは限らない。逆に細かくすればするほど政治家の足を引っ張る可能性がある。例えば、細かな領収書を常にそろえる必要があるなど、手間がかかることが多い。また、保守党の幹事長の例で見られるように、小さな子供を抱えた母親が議員としての活動をきちんとするためには、子供の面倒を見る人が必要な場合が多い。そういう時にどういうお金の使い方をするかは、本人が最適と思える方法でできるほうが効率的だと思える。つまり、お金使用の効果と質が上がる可能性がある。
第二住居への補助金もそうだ。英国の下院議員の場合、選挙区とロンドンに二つの住居を構える人が多い。そのために第二住居への補助制度がある。そのため、下院議員たちはこの制度を使って、台所を改装したり、住宅ローンを支払ったり、プラズマテレビを購入したりしたりしている。高価な金魚を購入してその支払いを求められた際には議会事務局がノーと言ったそうだが、そういうことになぜ議会事務局が関わらなければならないか疑問だ。議会事務局がデパートのジョンルイスの価格を基に、ジョンルイスリストと呼ばれるリストを持っており、議員からの請求と較べて支出するかどうか判断しているが、そういうことは時間の無駄遣いとしか思えない。
現在、議員一人当たりにいくらの費用がかかっているかは明らかである。それに基づいたお金を議員に渡してその中で議員の判断で使用できるようにすれば、「悪用」などと言ったことは考える必要がなくなり、制度全体の効率と議員に対する効果が向上すると思われる。
Education
2008-06-22
グラマースクールの近代中等学校援助計画(Grammar
Schools help Secondary Moderns)
イングランドには、生徒を選抜して入学させるグラマースクールが164校ある。それ以外の一般公立高校では基本的に選抜試験がない。そのためグラマースクールの生徒の方がそれ以外よりも優秀である。このグラマースクールを巡っては、公平ではないとして与党の労働党内に廃止を求める声もある。マーガレット・サッチャーもヒース保守党内閣で教育相時代に、グラマースクール廃止を打ち出した。しかし、今では、保守党はグラマースクールを維持する政策だ。
イングランドではそれぞれの州によって教育制度が異なるが、グラマースクールと、それ以外の生徒の学ぶ近代中等学校と呼ばれる学校がある州がある。これらの州などを対象に「子供、学校並びに家族」省のエド・ボールズ大臣が、このグラマースクールに成績の悪い学校を合併吸収させたり、協力させる体制を進めることを発表した。
学校の水準を上げることは英国の教育問題の最も大きな課題である。それは、教育水準を上げることによって英国がより公平な社会となると考えられているからだ。
Football
2008-06-21
ドイツの活躍が目立つユーロ2008(Germany
looks superior)
サッカーの欧州選手権(ユーロ2008)は今までに準々決勝3試合を終えた。この中で、ポルトガルを3-2で破ったドイツの勢いが光っている。予選のグループの試合で優れた試合運びを見せたオランダは、ロシアに敗れた。ロシアの戦術的な準備がオランダを圧倒した形だ。オランダは重要なパスが通らない。バンニストイロイにパスがわたらない。シュナイダーのシュートは的が定まらなかった。一方、ロシアは、左右のウィンガーが前線にボールを進め、効果的なカウンターアタックが効を奏した。ガッツのある試合運びを見せたロシアは勝利に値するチームだった。サッカーの新興勢力オランダは、トップクラスの選手以外のレベルが今ひとつだった。
ドイツに敗れたポルトガルも、現在世界一のサッカー選手といわれるロナルドとバルセロナの選手デコは、非常に優れた個人技を見せた。ドイツとの差は極めて小さかったが、トップ選手以外の選手の差が明暗を分けた格好だ。
準決勝は、ドイツはトルコと対戦し、ロシアはスペインとイタリアの試合の勝者と対戦する。
Politics
2008-06-19
ジョン・プレスコットの半生記(1)(John
Prescott’s story)
前首相のトニー・ブレアの下で労働党の副党首(1994-2007)、そして副首相(1997-2007)を務めたジョン・プレスコットが先だって半生記を出した。プレスコットといってもピンと来ない人が多いかもしれない。しかし、英国では最もよく知られた政治家の1人である。英国で「ツージャグ(ジャガー2台)」のプレスコット、はタブロイド紙でも使い古された表現だ。プレスコットは2台のジャガーを自分の選挙区とロンドンに持っている。両方とも中古車であるが、プレスコットが労働者階級出身であるためにマスコミは、プレスコットを「成り上がり者」的におもしろおかしく報道している。プレスコットは日本で言うと、森喜朗元首相のイメージだ。体格や性格も似ている。
プレスコットの半生記は、こういう出版物では珍しく、口語体で書かれている。この本の中でも何度も触れいているが、プレスコットは、あまり文章を書くのが得意ではない。そのためにジャーナリストが構成を手伝っているが、プレスコットの人物がよく出ている。読みながら何度も笑った。つまり、プレスコットは「面白い」人物だといえる。特に2001年の総選挙でウェールズのリルというところを訪問していた時のパンチ事件はプレスコットの人物をよくものがったっていると思う。農場に勤めている男性がプレスコットに至近距離から卵を投げつけた。プレスコットは殴られたと思って、直ちに殴り返した。そしてもみ合いになった。プレスコットの警護のメンバーがすぐに中に入ってことは収まったが、なにしろ総選挙の遊説期間中のことである。しかも副首相が手を出したというのは問題だ。その光景はテレビ局が録画しており、繰り返し報道された。普通の大臣なら辞任ということになっていた可能性が強い。しかし、その一報を聞いたブレア首相は当時の報道では「ジョンだからな」と言って苦笑いしただけだった。プレスコットの本によると、当初、ブレアは「プレスコットは謝るべきだ」と言ったが、プレスコットは「謝らない」と言って話は終わりになったようだ。プレスコット本人も副首相を辞任する必要があるかもしれないと思ったが、世論は異なり、この事件の後、プレスコットに激励の電話や手紙が殺到し、プレスコットが遊説訪問したところでは大歓迎されることとなった。むしろ低調だった選挙戦に活が入ったと言って歓迎する向きが多かったのである。つまり、この事件は、世論のプレスコットの受けとめ方を象徴した事件と言える。
プレスコットは次期総選挙には立たず、その時点で下院議員から引退するが、一代貴族に任命され、上院議員になると思われる。
Politics
2008-06-19
法令が増えすぎている社会(Laws
rapidly increasing)
イングランドでは、一日平均8法令が生み出されている。法令関係の専門出版社Sweet & Maxwellによると、2006年には2702の法令が作られ、2007年には3071の法令が作られた。サッチャー政権下では年平均1724、それにブレア政権下では平均2663の法令が生み出されたという。私たちの社会では、法令の数が増え続けており、そのために私たちや企業の負担がかなり大きくなってきている。現状で喜ぶのは弁護士たちだけかもしれない。
News
2008-06-15
成果のある「公共の場での禁煙」(Significant
effects on Public smoking ban)
2007年7月からイングランドで、パブ、レストランをはじめとする公共の場での喫煙が禁止された。その結果、心臓発作で病院に担ぎ込まれる人の数が大幅に減っている。シュルーズベリー&テルフォード地域では41%減っているという結果が出た。これは、禁煙する人の数が増えていることと、タバコを吸わない人が喫煙者と同じ場所にいることで受動的に喫煙する割合が大幅に減っているためだ。同じような結果は、スコットランド、アイルランド、フランスそれにイタリアでも報告されている。2006年から禁止したスコットランドでは、17%、アイルランドでは14%減っている。
News
2008-6-15
大学の入学試験を始める動き(Universities start their own entry exams)
英国では、大学への入学選考は、一般に、全国的なAレベルと呼ばれる試験に基づいて行われる。しかしながら、それでは入学希望者の能力がきちんと測れないことからインペリアル・カレッジ・ロンドンが独自の入学試験を始めようとしている。なお、英国では、バッキンガム大学(慈善基金設立)を除き、すべての大学が国立大学である。
2007年度のAレベルの試験の結果は、4人に1人がトップマークのグレードAを獲得した。また、10人に1人が、3つの科目でグレードAを獲得している。これはトップの大学にとっては大きな問題だ。例えば、オックスフォード大学では、AAA、つまり3科目のグレードAを必要最小限のレベルとしており、入学希望者の差があまりつけられないという事態が発生している。もちろんAレベルの結果以外に、本人から提出された書類などが検討の対象に入れられる。またオックスフォードやケンブリッジではインタヴューが行われるのが普通だ。Aレベルの不備を補うためにさまざまな工夫がこらされているが、インペリアルは、それだけでは不十分だと判断した。
大学独自の1995年にオックスフォード大学が、大学全体の入試を止めて以来、大学全体の入試は行われていない。しかし、インペリアル・カレッジ・ロンドンは来年度(2010年入学)から大学全体の入試を始めることとした。現在でも、インペリアル・カレッジ・ロンドンの医学部や、オックスフォードやケンブリッジの一部で独自の入試が行われている。インペリアルの場合、入学試験ではかろうとしているのは、入学志願者の知識ではなく、本来の能力(IQ、知能、創造性など)や問題解決能力である。他のトップ大学もインペリアルと同じような動きを始めると思われる。英国の大学の入試の制度はくるくると変わっている。その時々の政治の動きなどに影響されるからだ。
一方、これから見ると、日本式のセンター試験とそれぞれの大学の個別学力検査の入試とのミックスは、基本的な制度としてよくできた仕組みだと思える。
Politics
2008-06-14
下院議員の辞職(MP’s resignation)
英国の下院議員は辞職できない。これはかつて下院議員となることが名誉ではなく、その職が一種の義務であり、不承不承就任したということから来ており、議員の一存で辞職できないようにしたためだ。下院議員がその職を失うのは、下院議員である資格を失う場合のみだ。そこで使われるのが、皇室の2つの行政執行職である。これらは今や名目だけの職であるが、皇室や皇室の政府の職に就き、それから給与を得ていれば、皇室やその政府の批判をする下院議員の職とは両立できない、ということから来ている。
この職名は、Crown Steward and Bailiff であり、2つの地域the Three Chiltern
Hundreds of Stoke, Desborough and Burnham(バッキンガムシャー州)とManor
of Northstead(ヨークシャー州)の地名をつけて呼ばれる。この職は、通常、代わりばんこに使われる。
もし下院議員が、2つの総選挙の間にその地位を退きたければ、財務相にいずれかの職を申請する。それが許可されて下院議員を退くことになる。もし、新たに誰かが申請すれば、先にその職に任命されていた人が退くという形だ。
前首相トニー・ブレアは、2007年6月に首相と下院議員を退いた時、Crown Steward and Bailiff
of the Three Chiltern Hundreds of Stoke, Desborough and Burnhamに就任した。保守党の前影の内相デービッド・デービスも、自ら下院議員を退いて、補欠選挙を実施するためには、同じような手続きを踏むことになる。
Politics
2008-06-13
クレッグ自由民主党党首への疑問(Doubts
on Clegg’s judgement)
テロ容疑者の身柄拘束期間の延長問題をめぐって、自分の主張を正当化するために保守党のデービッド・デービスが下院議員を辞職し、自分の選挙区の補欠選挙へ再挑戦することを明らかにした。この結果、デービスは失うものが多いと思われるが、自由民主党の党首ニック・クレッグが失うものも大きいと思われる。クレッグの判断能力に大きな疑問符がついたと思われるからだ。
クレッグは、デービスが自分の選挙区から再立候補するに当たって、延長反対の同じ考えを持つ者として自由民主党からは候補者を立てないと約束した。前回の2005年の総選挙では、自由民主党の候補は、デービスの2万3000票に対して1万8000票を獲得している。第三位の労働党の候補者はわずか6000票だったために、デービス対労働党の候補者となってもデービスの勝利は間違いないものと考えられたからだ。
しかし、クレッグのその判断は政治家としておかしい。デービスは、この補欠選挙では、延長問題のみに的を絞って選挙運動を行うと約束したが、それが候補者を立てない理由にはならない。次の総選挙は2年以内に行われるが、その際には、この選挙区は自由民主党の一つのターゲット選挙区となる。それなのに今回は不戦敗とするのは筋が通らない。しかもクレッグは、デービスとの約束を正当化するために、党の全国並びに地方の合意を得ていると主張した。デービスの発表は誰もを驚かせたのに、デービスが発表する前にきちんとした党内の合意が取れていたとは考えにくい。全国の自由民主党員が、クレッグの判断に諸手を上げて賛成するとは考えにくい。
6月11日の首相のクエスチョンタイムでも、クレッグの質問は的を外れていた。クレッグは「誰もが延長に反対している」と主張した。しかし、それは正しくない。責任ある政党の責任者として自分の言葉には、もっと注意を払う必要がある。
問題は、ここにきてクレッグの不十分さが浮き彫りになってきている点だ。昨年12月に党首に就任以来、自由民主党の支持率には大きな変化はない。首相のクエスチョンタイムでは、要領の得ない発言を繰り返し、ブラウン首相からは子供扱いされている。質問をする際にも声は大きいが、その言葉には「冴え」がない。下院の議場で立っても、木偶の坊に見える。
副党首のケーブルが、前党首メンジー・キャンベルが辞任した後、代表代行として下院で発言する際には、今日はケーブルが何を言うだろうかとみんなが注目した。しかし、クレッグにはそういう期待感はない。
ケンブリッジ大学出身の41歳のクレッグは頭がよく、語学が得意であると言われる。しかし、頭がいいだけでは政党の優れた党首とはなれない。「冴え」を欠き、判断力に疑問のあるクレッグには、アルコール問題で党首の地位を棒に振ったが、酒を飲んでいない時の能弁に定評のあった元党首チャールズ・ケネディのレベルには到底到達できない。
昨年末の党首選挙で、クレッグは当初、対抗馬のクリス・ヒューンに大差をつけて勝利するものと思われていたが、開票の結果、2万1000票対2万500票のわずか500票の薄氷の差であった。もう少し選挙期間が長ければ、異なった結果が出ていたかもしれない。ここにクレッグの限界の予兆が現れていたように思われる。
Politics
2008-06-13
デービッド・デービスの賭け(David
Davis’s gamble)
保守党の影の内相デービッド・デービスが下院議員を一端辞職して、その補欠選挙に再び立候補することを表明した。下院がテロ容疑者の起訴前の身柄拘束期間を28日から42日間に延長することを賛成したことに対して異議を唱えるのがその目的だ。
その動機については、賛否両論がある。BBCの政治部長ニック・ロビンソンによると、BBCにはデービスの行動に賛意を示すメッセージが殺到しているという。しかし、私は、これでデービスが今後保守党党首となり、首相となる道は閉ざされたと思う。つまり、あまりにも極端な行動をする人物には保守党が警戒するだろうと思うからだ。もちろん保守党党首デービッド・キャメロンはこのデービスの行動を止めようとした。それには三つの理由がある。まず、保守党はテロ容疑者拘束期間の延長に反対したが、保守党が必ずしもそれで統一されていないことだ。6月11日の投票では、元内務相閣外相のアン・ウィトカム以外の保守党議員は延長に反対した。しかし、それは、賛否が拮抗している中でゴードン・ブラウン首相に打撃を与えるためであった。デービスの辞職、選挙で、保守党内の意見の違いが表面化する可能性がある。次に、特に世論が延長に賛成している中、保守党に対する評価がどうなるか完全に見極められない要素がある。世論の保守党への支持率が非常に高い中、それを減少させる可能性のある「不必要なこと」は何もしたくないという考えがあった。第三に、デービスの行動を制御できないキャメロンのリーダーシップに疑問が出てくる可能性だ。労働党は、このデービスの行動を労働党にとってよいことだと判断している。
この補欠選挙は7月に実施されることとなるが、ほとんどの人はデービスが再選されるのは間違いないと見ている。デービスは、この発表をする前に自由民主党のクレッグ党首と連絡をとり、延長に反対する同志として自由民主党は候補者を立てないという言質をとっている。2005年の総選挙では、この選挙区の結果は、デービスは2万3000票、次点の自由民主党候補は1万8000票、そして第三位の労働党候補は6000票であった。つまり、自由民主党が候補者を立てると労働党は候補者を立てず、その結果、デービスは負ける可能性があった。デービスは、クレッグの約束を取り付けたことで当選は間違いないと考えているに違いない。しかし、1997年の総選挙の自由民主党マーク・オーテンの例を考えると予断を許さない。オーテンは総選挙でわずか2票差で保守党候補を破った。しかし、この保守党候補が異議を申し立て、裁判の結果、再選挙となった。その結果は、驚くべきものであった。オーテンは3万7000票を獲得したが、保守党候補はわずか1万5000票しか獲得できなかった。保守党候補が潔くない、と有権者が判断したことが、この予想外大差の原因と言われている。デービスの場合も、必要のない補欠選挙を招き、「投票に行かせられること」を有権者が嫌えば、他の候補者次第では、予想外の結果が出る可能性もある。今回の補欠選挙で労働党は自党の候補者を立てる考えは全くない。前回の投票結果でも見られたように労働党はかなり弱い上に、その結果をデービスが再選された後、自分の議論を正当化するために使うことが明らかなせいだ。しかし、適当な第三者の候補者が出馬すれば、労働党はその候補者を支持すると見られる。
デービスがなぜこういう行動を取ったかは完全に明らかになっていないが、一つの可能性として、自分の将来にあまり大きな期待が持てなくなったことがあると思われる。現在の世論の動きでは、保守党が次の総選挙で勝つ可能性が極めて大きくなっている。キャメロンが失敗して党首を辞職、または総選挙で敗れれば自分の番が回ってくると考えていたデービスにとっては、必ずしも歓迎できない状況だ。デービスは現在59歳だが、キャメロンは18歳年下の41歳で、保守党が2年後に予測される次の総選挙に勝つと、デービスの出番は事実上なくなる。そういう中、影の内相としてキャメロンに仕えていることにあまり意味がなくなったのではないかと思われる。自分を抑えてキャメロンを支えているよりも他に追求するものを求める気持ちになった可能性がある。つまり、下院議員は辞めたくはないが、影の内相を辞任する手段として今回の行動に出た可能性だ。いずれにしてもデービスの今回の行動はデービスの政治家としての将来への大きな賭けだ。
Politics
2008-06-12
テロ容疑者の身柄拘束期間の延長問題(42
days detention proposal)
毎週水曜日には首相のクエスチョンタイムがある。対立政党の保守党をはじめ、自由民主党などの野党、それに与党の労働党の議員が首相に直接質問できる機会だ。お昼の12時から30分間という限られた時間であるが、この中にさまざまなドラマがある。保守党党首のデービッド・キャメロンは、このクエスチョンタイムで首相ゴードン・ブラウンの欠点を最大限に引き出し、決断のできない、考えをくるくる変える、弱い人物として描き出そうとしている。しかし、6月11日にはそうはいかなかった。この日の夕方には、首相の権威に重大な影響をもたらす採決が下院であった。このクエスチョンタイムの最も重要な質問はこの件に関してであった。
重要なテロ容疑者を起訴する前の身柄拘束期間を特別の場合に限って現行の28日から42日間に延長する提案を政府が出したが、その下院での採決が夕方に予定されていたのである。この件は、テロの危険性がかなり高くなっている英国で、テロ容疑の捜査に多くの時間がかかるために、その捜査の時間をできるだけ長く許そうというブラウン政府の提案だ。一方、それは英国の伝統的な自由を侵害する、と保守党と自由民主党らが主張した。また、労働党の下院議員の中に政府案に反対する議員が数多く出る見込みで、そのために、ブラウン首相自らがこれらの可能性のある議員に電話をして説得工作に当たったほどであった。
政治関係者やインテリが聴く、朝のラジオ番組「トウデイ」で、この日の朝、保守党の影の内相デービッド・デービスがおそらく政府案が可決されるだろうと言った。BBCの政治部長ニック・ロビンソンも政府案が可決されるような気がする、と解説していた。下院でもそういう雰囲気があった。それを反映してか、ブラウン首相の答弁は、自信に満ちているように見えた。しかし、結果は、賛成と反対の差はわずか9票差で、その差は、北アイルランドのアルスター民主党の9人の下院議員が賛成に回ったためにできた。もし、アルスター民主党が棄権していれば、賛否同数となっていたが、その場合には、下院議長が、慣例で現状維持の方に投票し、政府案が否決されていただろう。いずれにしても政府側が何とか下院は乗り切った格好だ。しかし、上院では、労働党は多数を占めておらず、否決される見通しだ。そのため、ブラウン政権の苦労は続く。
ブラウン首相とキャメロンとの質疑応答の際に、一つ気づいたことがある。ブラウンの次の労働党党首と目される外相のデービッド・ミリバンドが、自分の両側の閣僚としきりに話をしていた。極めてリラックスしている。ブラウン首相の「権威」がかかっている問題で、他人事のように振舞っている態度が気にかかった。一方、アルスター民主党との折衝に当たっていた北アイルランド相のショーン・ウッドワードは、自分の身体の向きをブラウン首相の方に向け、真剣な表情で話を聞いていた。ウッドワードの態度と較べるとミリバンドの態度は、いくら頭がよいと言われていても次期党首候補としてはふさわしくないと感じた。
Football
2008-06-10
2008 サッカー欧州選手権(Euro
2008)
6月8日からサッカーの欧州選手権が始まった。欧州の国対抗の選手権である。残念ながら、イングランドをはじめ、スコットランド、ウェールズ、それに北アイルランドとイギリスから出場する可能性のある4チームすべてが決勝に出場できなかったために、イギリスでの興味は半減している。それでもテレビでは、欧州選手権の試合をすべて報道している。
今までに戦った試合の中で、ポルトガルとオランダはいい試合をした。古豪のフランスはルーマニアと引き分け、2006年のワールドカップに優勝したイタリアは3対0でオランダに敗れた。オランダは、その正確なパスとチームプレイで、優勝候補と思わせるほどの試合運びであった。考えてみると、ストライカーにレアルマドリッドのバンニストイロイ、ゴールキーパーにはイングランドのプレミアリーグと欧州のチャンピオンリーグを制したマンチェスターユナイテッドのバンデサーなど、世界的な選手を何人も抱えており、チームがまとまると優勝できる可能性はある。
チームのまとまりは重要だ。イングランドの監督となったファビオ・カペロは、タイムズ紙とのインタヴューで、「選手権で成功する秘訣は?」と訊かれて、「ポルトガルのスコラリ監督(ブラジル監督として2002年ワールドカップ優勝)とヒッピ(イタリアの元監督で2006年ワールドカップ優勝)と話をしたが、2人ともチームに非常に強いまとまりがあり、焦点が定まっていることを理由に挙げた」と答えている。
今回の欧州選手権では、ドイツが優勝候補の筆頭であり、それにスペインが続く格好だ。下馬評はともかく、新興の比較的小さな国が台頭しており、その点で、従来の欧州サッカー地図が塗り替えられる可能性がある。率直なところ、イングランドが出ていても、現状では、ポルトガルやオランダには勝てなかった可能性が高いように思われる。
Politics
2008-06-10
ブラウンの悪夢(Brown’s
nightmare)
英国の首相ゴードン・ブラウンの人気は下がる一方だ。タイムズ紙のポピュラス世論調査によると、ブラウンの評価は、過去5年間の主要政党党首の評価で最低だという。保守党党首デービッド・キャメロンの2代前の党首であったイアン・ダンカン=スミスの評価は非常に低く、そのために前代未聞の保守党下院議員による不信任の投票の結果辞任したが、そのダンカン=スミスよりも評価が下回るという結果が出た。「今総選挙があれば、どの党に投票するか」という質問に対しては、保守党45%、ブラウンの率いる労働党25%という結果だ。
このブラウンの低い評価はどこから来るのか。6月9日の夜、チャンネル4の「ディスパッチ」という番組が、ブラウンの過去1年間を総括している。2007年6月に首相に就任して以来、テロ事件、洪水、口蹄疫など立て続けに事件に見舞われ、いずれも無難に乗り切ったブラウンは高く評価された。労働党の評価は高く、保守党には次の総選挙に全く勝ち目はないように見えた。当時マスコミは保守党党首のキャメロンを浅薄だと低く評価しており、それは通常保守党支持のテレグラフ紙の編集長もそうであったと言われる。ところが、それが今や完全に逆転し、労働党が2年先にあると見られる次の総選挙に勝つ見込みは極めて低くなっている。
問題の発端は、昨年秋の総選挙騒ぎだ。世論の支持の高かった労働党が猛スピードで総選挙準備に入り総選挙熱が高まったが、結局、ブラウンは総選挙を見送った。次点との差の小さな選挙区で保守党が意外に強いことに気づいたからだ。また、保守党党大会で保守党が死に物狂いで打ち出した政策が有権者に非常に受けがよかったからだ。ブラウンは、総選挙を見送っただけではなく、その保守党の政策をまねた政策を即座に打ち出した。この一連の出来事で、ブラウンは2つの非常に重要な失敗を犯した。一つは、総選挙を見送ったために「勇気がない」というレッテルを貼られたことだ。もう一つは、それまで10年以上財相を勤め「鉄の財相」と高い評価を受けており、その財政運営には信頼が寄せられていたのに、それがなくなってしまったことだ。「信頼の置けないはず」の保守党の政策をまねたために、それまでの「ブラウンへの信頼」を一挙にぶち壊す結果となったことだ。
それに輪をかけたのが、ノーザンロック銀行の国有化の問題だ。ノーザンロック銀行は、アメリカのサブプライム問題で手持ち資金を欠き、そのために取り付け騒ぎが起きた。取り付け騒ぎを収めるために政府が銀行を保証したために取り付け騒ぎは収まった。当時、他の有力金融機関には、ノーザンロック銀行を吸収できるだけの余力がなく、現実的な案は銀行の国有化であった。しかし、ブラウンは、「国有化」という言葉がかつての「古い労働党」を思い起こすために国有化はしたくなかった。しかし、結局、半年後、国有化に踏み切った。このためブラウンは決断ができないという評価を招くに至った。
その上、今年4月、5月の所得税率の簡素化の問題だ。この簡素化は昨年春にブラウン自身が決めたことだが、その実施は今年の4月からであった。この簡素化のために、最も収入の少ない層が増税の結果となった。そのために多くの非難が集まり、結局、急遽、税の控除額を上げるという政策変更をした。これらの一連のブラウン政府の政策で明らかになったのが、ブラウンがなかなか決断ができない人物であるとともに、その時々でその場しのぎの安っぽい政策変更を行うと言うことである。
ブラウンが首相となる前には、誰もがブラウンには首相となる資格があると考えていた。前首相トニー・ブレアが退いた後、労働党内のどの有力者も党首選挙に立とうとしなかった。確かにブラウンは非常に頭のいい人物である。しかしながら、政府の長となり、組織を運営していくには、違う能力が要求される。
ディスパッチの番組で明らかにされたことだが、ブレアは決断が早かったと言う。それは直感判断とまでいえる位であったとジャック・ストローは言う。官僚に文書を読んで翌朝までに選択肢を上げてくるように指示し、それで決断をしたという。一方、ブラウンは早朝から自分のEメールのメールボックスを明け、詳細に目を通すと言う。また、6時前からEメールを送り出す。また、文書を自分の所に持ってくるように指示し、それを深夜までかかって目を通し、翌朝、さらに関連の文書を持ってくるように指示するという。これでは決断が遅れるはずだ。問題は、ブラウンはマイクロマネジメントしようとしていることである。ビジネス省の閣外相であるディグビー・ジョーンズが自分の公用車には英国製車を使いたいと言った時、その話はブラウンまで上がって、ブラウンからジャガーをもらったか、ときかれたという。こういう話は、首相が介在する問題ではない。結局、ブラウンは「木を見て森を見ず」という状況に陥っている。それがブラウン政府の行動に出ている。
ブレア時代には、ブラウンと2人の共同政権的な色彩があり、お互いがけん制しあっていた。そのために適度なバランスが生まれていたが、ブレアがいなくなり、極端に政権の重心がブラウンに偏る形となった。そのためにブラウン政権は、ブラウンの性格を強く反映する結果となっている。政府としての組織を運営する能力に欠けるブラウンに国民は愛想を尽かしているというのが実態だろう。問題は、ブラウンの性格は急には変わらないことだ。ブラウンの悪夢はまだまだ続くだろう。
Politics
2008-06-07
メージャー元首相の不見識(Former PM’s indiscretion)
ジョン・メージャーが首相の地位を退いてから10年以上経つ。しかし、政治に口ばしを入れることをやめようとはしていない。残念なことは、メージャーの言うことに見当違いのことが多くなっているということだ。政治を離れて政治感覚が鈍くなっている上、具体的なデータに乏しい面がある。しかも我田引水的な議論が多くなっている。政治を離れれば、口をつぐんでいるほうが賢明だ。
メージャーは、1990年にマーガレット・サッチャーが退いた後、保守党の党首となり、1997年の総選挙で労働党に大敗を喫するまで首相を務めた。保守党内は当時特に欧州の問題をめぐって分裂しており、統制が非常に困難であったが、多くの人はメージャーの人柄を高く評価していた。しかし、メージャーの最近の発言には疑問を持つ。
例えば、BBCの政治番組に出て、犯罪が増加していると主張した。統計上の数字や、犯罪についての実際の姿を測るものとされている犯罪意識調査では犯罪は減少している。また、ゴードン・ブラウンがイングランド銀行の所持していた金を売ったことについて、自分の経験した1992年の「黒い水曜日」よりも英国のロスが大きいと批判した。「黒い水曜日」は、ポンドが投機の対象になり、大量に売られた出来事で、結局、英国が欧州統一通過機構を脱退せざるを得なかった事件である。この際、英国は巨額のロスを出した。しかし、この話を金の売却と比較することはおかしい。金の相場は、その時々の状況により変化し、当時スイスをはじめとする国々も金を販売した。金を売った後、金相場が上昇したのでブラウンは大きな損失を出したとは一概に言えない。
そして今回、テロ攻撃に対処するために政府が提出したテロ容疑者の身柄拘束期間を28日間から最大限42日間に延長する提案に関してだ。なお、通常の容疑者の場合には4日間となっている。メージャーは、今回の提案は、テロリストが増加するのに手を貸すと言うのである。メージャーは、これを6月6日付のタイムズ紙に寄稿した。確かに政府のさまざまな政策が個人の権利を束縛する可能性はある。しかし、テロの可能性が強くある状況の中で、それはある程度やむを得ないことだ。身柄拘束の期間については、ブレア前首相が2005年に90日間を提案したが結局28日間で落ち着いた経緯がある。身柄拘束の期間の長さはともかくとして、この適用は極めて限られた場合のみだ。その期間の延長がテロリストの増加を招く可能性があると言うのは言いすぎだと思う。
Politics
2008-06-05
居心地のよすぎる英国の刑務所(Too
comfortable prison)
刑務所に不法に忍び込もうとした例が過去5年間で26件(42人)もあった。過去の服役囚が刑務所に帰りたいと侵入しようとしたり、また、麻薬を運び込もうとしたのが主な理由だと見られている。
英国の刑務所の服役囚の数が近年急激に増え、史上最高の8万3000人になり、これ以上受け入れることが困難になっている。しかし、刑務囚が、早期退所の機会を断る例が増えている。1999年から2006年の間にその数は3万7000人にも上っている。
法務省はその主な理由として、早期退所に伴って「住所」を報告しなければならないが、それができないこととしている。しかし、経団連によると現在の刑務所は寝るところと食事を提供する、いわゆる「B&B」(ベッドと朝食を提供する宿)になってしまっているという。刑務官組合によると、刑務所の内部の方が麻薬が安く手に入ることがその原因の一つだとしている。つまり、刑務所の快適さがこの問題の原因だという見方だ。
3分の2が刑務所を出た後、2年以内に再び刑務所に帰ってくる。また、その率は、十代の場合には3分の4になっている。確かに、刑務所に最初に入ってくる際には、こわごわと入ってくる人も多く、中には恐怖のあまり、自殺するものもいる。しかし、一端刑務所での生活に慣れると、刑務所は結構居心地のいいところになるようだ。あまりにも居心地がよすぎる英国の刑務所は大きな問題だ。
なお、法務省は、対立政党からの質問に答えて以上の数字を提供したが、これらの数字が信頼できない可能性があることを繰り返し強調している。英国ならではの態度だが、本当に真剣に問題に取り組んでいるのか疑問に思う。
News
2008-06-03
刑務所でのパン製造技術習得(Prison
Bakery)
刑務所を出所してもしばらくすると罪を犯し、また刑務所に帰ってくるという例が多い。英国では、服役囚の再犯率は67%にのぼると言われる。この原因の一つは、出所後なかなか仕事が見つからないことだ。
英国ではパン職人の数が足りない。そこで刑務所でパン製造の資格と技術を身につけた人が、出所後比較的仕事が見つけやすい。イングランドのヨークシャー地方のドンカスターに近いところにあるリンドルム刑務所で2004年に150万ポンド(3億円)を費やして商業パン製造レベルの施設を設けた。これが成功しているといわれる。大手のパン製造会社やパンを作っているスーパーマーケットなどに人材を供給している。作るパンは、もちろん刑務囚の食べるパンだけではなく、クロワッサンやデニッシュ、バゲットなど多岐にわたる。現代の英国人の味覚は大きく変化しており、非常に多くの種類のパンが売られている。さまざまなパンの需要に応じる必要がある。刑務所での職業訓練も市場の動きに応じた対応が必要な時代だ。